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『口だけ勇者』〜「コミュ力」全振りで転生したら出会いに商売大成功。でも、勘違いで勇者パーティーの天才軍師に祭り上げられました~  作者: はなたろう
「口だけ勇者」誕生

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第24話 強欲への罠

 大通りを抜けた先にあるラド商会の本部は、異様な熱気と怒号に包まれていた。

 ルインの市場を牛耳っていた豪華な三階建ての石造りの建物の前には、借金の取り立てに押しかけた商人たちで完全に埋め尽くされている。


「ふざけるな! 今日が支払いの期日だろうが!」

「俺たちの金を返せ! 倉庫には売れないゴミしか残ってないってのは本当か!?」


 怒れる群衆の最前線。固く閉ざされようとしていた扉の前で、顔を真っ赤にして喚き散らしている老齢の男がいた。

 豪華なガウンは乱れ、髪を掻き乱しながら、必死に威厳を取り繕おうと叫んでいる。


「静まれ、お前たち! 私はラド商会の会長、エグバートだぞ! たかが一度の支払いが遅れただけで、私に逆らう気か!」


 だが、その声に耳を貸す者はもう一人もいなかった。

 かつて市場を震え上がらせた「会長」という肩書きは、現金キャッシュが尽きた瞬間、ただの紙切れより無価値なものに成り下がっていた。


「もうあんたの言うことなんて誰も聞かねえよ! 看板を下ろせ!」


 荒れ狂う商人が一人、建物の壁によじ登り、誇らしげに掲げられていた三日月の看板を乱暴に引き剥がした。

 ガシャアアアン! と。

 重たい木製の看板が石畳に叩きつけられ、真っ二つに割れる。


 俺たち四人は、その騒ぎから少し離れた路地の入口から、事の顛末を静かに見つめていた。


「……終わったわね」


 リーシャが、ぽつりと告げた。

 その声には、歓喜も達成感もない。三年間自分たちを苦しめ続けた巨大な組織が、こんなにもあっけなく自重で崩れ落ちていく様への、底知れぬ空虚感だけが漂っていた。


「ああ。これが、商売における『死』だ」


 俺は腕を組んだまま、群衆に揉みくちゃにされているエグバートから目を離さなかった。

 俺の視界には、彼の頭上に浮かぶ感情のアイコンがはっきりと見えている。


【ステータス:激昂】

【デバフ:プライド】

【隠しステータス:強欲】


 三十年かけて築き上げた帝国が崩壊していくのを前に、彼はまだ己の失敗を認められず、怒りと意地だけで周囲を威嚇し続けている。

 だが、看板が叩き割られ、ついに扉が押し破られて暴徒が建物の中へと雪崩れ込んでいった。その時だった。


 エグバートの動きが、ぴたりと止まった。


 何かを喚こうと開いていた口が半開きになり、血走っていた目から、スッと光が消え失せた。


「……ん?」


 俺は思わず、身を乗り出した。

 こめかみにチクリと痛みが走るほど、スキルを凝視する。

 エグバートの頭上で激しく点滅していた赤いアイコンたちが、まるで電源を引き抜かれたように、次々とノイズにまみれて消えていく。


 そして後に残ったのは、たった一つの、真っ白なアイコンだけだった。


【ステータス:空白】


 絶望ですらない。怒りも、悲しみも、後悔すらもない。

 俺がこれまで無数の人間を見てきて、一度も目にしたことのない状態だった。


 怒鳴り散らしていたエグバートが急に無表情になり、だらりと両腕を下ろした。

 周囲ではまだ、怒り狂う商人たちが「目ぼしいものを運び出せ!」と暴れ回っている。だが、エグバートの目にはもう彼らの姿は映っていないようだった。


 彼は、誰にも気づかれることなく、ふらふらと群衆の隙間を縫って歩き出した。

 まるで、実体を持たない亡霊のように。


「おい、エグバートが逃げたぞ!」

「追え! 隠し財産を持ってるかもしれないぞ!」


 数人の男たちが後を追って路地へと走っていったが、すぐに「見失った」と舌打ちをして戻ってきた。


「コウ。あいつ……」


 ノクトが、微かに羽毛立った声で俺を見上げた。

 俺はただ、黙って首を振った。


 背後では、まだ怒号と略奪の音が鳴り響いている。

 俺たちはその騒音を背に、誰も何も言わないまま、宿への道を歩き出した。


          ★


 その夜。

 俺は帳簿の数字を眺めながら、エグバートの頭上に浮かんだあの『空白のアイコン』を、頭から追い払えずにいた。


 大勝利だ。それはわかっている。

 新星商会を干し殺そうとしたラド商会は、自らの強欲さに飲み込まれ、市場から消えた。血も流さず、剣も魔法も使わずに、盤面操作だけで決着をつけた。


 なのに、胸の奥には鉛のような冷たいしこりが落ちたままだった。


 すべてを失い、感情が抜け落ちた男。

 あの『空白』の中に、もし何かが残っているとしたら――それは一体何なのか。


 嫌な予感が、泥のように胸の底で渦巻いていた。

 その予感が、最悪の形でルインの街を飲み込むことになるのは、それからわずか五日後のことだった。


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