第9話 繰り返す『興味深い』
――4日前
大空流星に対戦の承諾を取った後、
俺とスズカは真っ先に対戦相手のことを伝えた。
スズカが手をかざすと、
何もない空間に様々な情報が羅列している映像が浮かび上がる。
「対戦相手はストライク星代表、ゼロ・フォースです」
スズカは数値を読み上げるように続ける。
「宇宙最強の投手。
球速は200km/h以下に制限されていますが、変化球は自由。
彼の球は“空間を曲げる”と評されています」
「曲げるって……比喩じゃなくて?」
「比喩ではありません。
実際に空間を曲げます」
「いやいやいやいや!!」
ここまで黙って聞いていた流星が口を開く。
「……ゼロ・フォース。
この人が宇宙一なのか?」
「間違いありません」
スズカが少し俯きながら答える。
「凄い球を投げるじゃないか」
流星の声は震えていなかった。
むしろ、嬉しそうだった。
「流星さん、怖くないんですか?」
「怖いよ。でも……ワクワクする」
その時、俺は思った。
この人は、本当に野球が好きなんだ、と。
続けて、スズカが見せてきたのは、
ゼロ・フォースの過去の投球映像だった。
「これがゼロの“重力断層フォーク”です」
映像の中で、球が途中で止まり、
そのまま垂直に落ちた。
「止まった!? 止まったよね今!?」
「合法です」
流星は映像を食い入るように見つめていた。
「……この球、落ちる前に一瞬だけ回転が逆になる。
その瞬間に重力が抜けてる」
「そんなの見えるの!?」
「見えるよ。
世界中の球を見てきたから……
後はタイミングを合わせればいい、
球が速いからバットさえ当てれば、角度と方向を合わせるだけだ」
流星はバットを握り、
静かに素振りを始めた。
その動きは、
まるでゼロの球を“想像している”ようだった。
「流星さん、何してるんですか?」
「ゼロの球を……打つ練習。
この他にも逆再生する球とかあったけど、
逆回転になるタイミングが変わるだけだ、
驚きはしても……僕の手元に来る頃には“打てる球”になってる」
「見たことない球なのに!?」
「見たことない球種が沢山ある、こんなに嬉しいことはないね」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
「……あとは、馬鹿げた速さで飛んでくる球にどう対処するかだ。
これは機械だよりで目を慣らすしかない
明日から友人に手伝ってもらって始めるよ」
――やはりこの人を選んで正解だった。
そう思わせるだけの理由が、この人にはある。
◆ ◆ ◆
甲子園球場では、
ゼロが2球目の準備に入りつつあった。
――空気が変わる。
ゼロ・フォースの三本の腕が、
さっきよりも“静かに”構えられている。
静か。
なのに、圧が増している。
まるで、バットを振るために必要な
「コンマ数秒」という
時間の隙間さえも押し潰しに来るような、
重苦しい静寂だった。
「……ゼロ、さっきと違うな」
流星が小さく呟くと
ゼロは淡々と答えた。
「あなたの反応速度、想定外。
初見で捉えるとは……興味深い」
最初に感じた無機質な声は、
徐々に“熱”を上げている。
ゼロの内部で、何かが動き始めている。
◆ ◆ ◆
――地球人。
――大空流星。
ゼロの視界には、
流星の動きが“数値”として表示されていた。
反応速度:地球人平均の4.2倍
視覚処理速度:宇宙標準の0.8倍
筋力:地球基準で高水準
精神安定度:異常に高い
(……この地球人は、恐怖反応が極端に少ない。
未知の球種に対しても、脳の処理が乱れない)
ゼロの胸の奥で、
“興奮”が膨らんでいく。
(……面白い。
この感情は……久しい)
ゼロが、宇宙最強と呼ばれてどれほどの時間が経過しただろうか。
誰も彼の球を“初見で”捉えたことはなかった。
だが――流星は違った。
(もっと見たい。この地球人の限界を)
ゼロの三本の腕が、
ゆっくりと、しかし確実に“本気”に近づいていく。
◆ ◆ ◆
「来いよ、ゼロ!」
流星が気合を捻じ込むよう、叫ぶ。
――第2球
ゼロの腕が振り下ろされた瞬間――
球が途中で“止まった”。
いや、止まったように“見えた”だけだ。
止まった球の周囲の空気が、
ぐにゃりと歪んでいる。
「空気が……曲がってる?」
「重力断層です」
スズカが冷静に説明する。
「空間の重力を一瞬だけ“ゼロ”にしています」
「ゼロ!? ゼロって何!? 名前と掛けちゃってるの!?
映像と迫力まったく違うけど!?」
「合法です」
「もう突っ込めねえよ!!」
その直後――
球が垂直に落ちた。
まるで地面に吸い込まれるように。
「うわあああああああああ!!」
シャケの叫びをよそに、
流星は――動いた。
ほんの一瞬、
球が“止まる前”の回転を見ていた。
「……ここだ」
バットが振り抜かれる。
――カッ!!
打球は、一塁側ベンチ上をかすめるように飛んでいく。
『ファウル!!』
一球ごとに地球全土の空気が震えていた。
◆ ◆ ◆
「今の……落ちたよな?」
「重力……ゼロ?」
「どういうことだ……?」
世界中のSNSが再び混乱に陥る。
だが、同時に――
流星の“対応力”に驚愕の声が上がり始めた。
「打ったぞ……!」
「今のを……打ったのか……?」
「間違いない、あれが俺達の大空流星だ!」
「俺との特訓、無駄じゃなかったな」
◆ ◆ ◆
マウンドから球が到着するまで、ほんの一瞬。
そこに全ての意識を注ぎ込む。
大空流星の集中力は、極限まで高まりつつあった。
「……大丈夫。
重力の抜ける瞬間が見えた」
その言葉に、驚きが隠せない。
「流星さん……あれ見えるの……?」
「うん。
ゼロの球は……
さっきより、手応えがあるな」
ゼロの目が、また険しくなる。
「……あなたは、興味深い。
もっと……もっと見せてほしい。
地球人の限界を、原点の力を」
三本の腕が、
再び空間を歪め始めた。
――第3球が来る。
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