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第7話 地球の命運を賭けた一打席


――眩しい。

ここが、地球の命運を賭けた戦場になるなんて、誰が想像するだろう。


地球の“聖地”――甲子園球場


テレビ放送では何度も見た光景なのに、今日のそれはまるで別世界になっていた。


観客席は満員。

いや、満員どころじゃない。


スタンドの上空。

そこには、本来存在しないはずの観客席が幾層にも浮かんでいた。

重力を無視した構造体。

そこを埋め尽くしているのは――地球人ではない。


宇宙人。


種族も、体格も、形状も異なる無数の存在が、

ただ一つの目的のため、この場所に集っていた。


「これが、地球……」

「甲子園……」

「甲子園の土、思ったより黒いな」

「持って帰ってもいいかな?」

「バカ!持って帰っていいのは、高校球児だけだよ!」


どこか間抜けな宇宙人の言語が、

同時翻訳を通して耳に届く。


その喧騒の隣で、

スズカがどこか誇らしげに微笑んでいた。


「様々な権限を行使しましたが……

 競技の“原点”としては、ここが最適です」


「宇宙人の権限、怖すぎない?」


シャケの呟きに、

スズカは「合法です」とだけ返した。


だが、その軽口とは裏腹に、

この場所が持つ意味の重さは、誰の目にも明らかだった。


ここは、地球で野球が生まれ、

夢と挫折が積み重なってきた場所だ。


その“原点”が、

今、宇宙に試されようとしている。


◆ ◆ ◆



喧騒から切り離された場所で、

大空流星は静かにベンチに腰を下ろしていた。


――甲子園。


何度も立った場所だ。

高校球児だった頃。

プロになってから。

観客として訪れたこともある。


だが、今日の甲子園は、

そのどれとも違う。


――地球の野球、そのものが試される場所。


流星は、無意識にバットを握りしめていた。

革の感触。

削れたグリップ。

手のひらに馴染んだ重み。


「……まさか、ここまで来るとはな」


——―宇宙一。


その言葉を、冗談みたいに口にしていた奴がいた。

震災で、もう会えなくなった高校時代の仲間だ。


「世界一で満足すんなよ」

「どうせなら宇宙一を目指せ」


馬鹿なことを言うな、と笑い飛ばした。

だが、その声は、今も胸の奥に残っている。


——あいつらは、もういない。

それでも、野球を好きだった時間は消えない。


もし、自分が打つことで、

あの時間がほんの一瞬でも続くなら。


それは、悪くない人生だったと、言える気がした。


「……なあ、シャケ」


隣にいる案内人、シャケに声を掛けると

流星は少しだけ視線を逸らした。


「俺さ、正直こういうの、うまく言えないんだけど」


一拍置いて、続ける。


「いなくなった奴らのこと、今でも思い出すんだよ。

 試合の前とか、打席に立ったときとかさ」


シャケは、何も言えずに聞いていた。


「そいつらは、もう何も見ちゃいないはずなんだけど……」


流星は立ち上がると顔を上げ、シャケへ向き直す。


「それでも、

 打った瞬間だけは――

 あいつらが、まだどこかで見てる気がするんだ」


その言葉は、

シャケの心の奥に、静かに沈んでいった。


(――この人は逃げていない。

 ――俺が選んだ理由は、それだけで十分だ)


シャケは、無意識に拳を握っていた。


ただ声をかけただけだ。

ただ話を聞いてもらっただけだ。


それなのに今、

地球の運命は、この人の一打に託されている。


逃げ道はない。

冗談でも、夢物語でもない。


もし負ければ。

もし打てなければ。

その結果を背負うのは、流星だけじゃない。


(……それでも)


シャケは、流星の背中を見た。


逃げていない。

怯えてもいない。

ただ、立っている。


(この人なら……)



◆ ◆ ◆



試合開始5分前。



地球全土、全地球人の目の前に同じ映像が映し出された。



空中投影。

現代科学では説明不可能な技術。

それは、技術力の高さを自然と地球人に知らしめるものだった。


『――地球の皆様。こんにちは』


どこからともなく響く声。

それは、言語の壁を越え、

すべての人類に等しく届いた。


『これより第一戦“野球”を開始します』



「……え、全世界に生中継されてんの?」


シャケの呟きに、

スズカは当然のように頷く。


「競技の公平性と、

 文化的価値の測定のためです」


「俺の顔も?」

「必要です。

 あなたの顔はこの先の対戦も踏まえて、全世界に見せておく必要があります」


「それはそれで嫌だ!!」


そんなシャケの横で、大空流星はすでにバットを握っていた。

その目は、すでに“戦い”を見据えている。


彼は待っているのだろう、自分の好敵手を。




『皆さんご覧ください、

 これから地球の運命を背負う男――地球代表、大空流星

 そして、対戦相手。

 ストライク星代表――“宇宙最強投手”ゼロ・フォース、入場』


その名が告げられた途端、

地球の空気が一段階、重くなった気がした。

そして――現れる。


ゼロ・フォース。

身長は三メートル近い。

三本の腕、金属質の皮膚。


歩くたびに、地面がわずかに震える。重さではない。

存在そのものが空間に負荷をかけている。


「……これは……」


シャケが息を呑む横で、スズカの声は冷静だった。


「ゼロ・フォースは、宇宙会議が“球神”と認定した唯一の投手です。

 彼の投球で、惑星の自転が一度だけ狂いました」


「狂った!? 投球で!?」

「あれは事故でしたが……非常に美しい投球でした」

「美しいで済みますか、それ」


ゼロはマウンドに立つと、無機質な声で呟く。


「地球重力、良好。

 空気密度、問題なし。

 球速制限200km/h……了解」


「球速制限って普通に言うんだ……」

「宇宙放映基準です。

 視聴者が球を見えないとクレームが来るので」

「宇宙にもクレーム文化あるのかよ!!」


ゼロが、流星をじっと見つめる。


「……あなたが、大空流星」

「うん。よろしく」


「あなたの打撃データは、すでに解析済み。

 地球人としては異常値。興味深い」


淡々とした声なのに、どこか熱がある。

それを確認すると流星は微笑んだ。


「君の球……見えるよ」


ゼロの目が、わずかに細くなった。


「――面白い」




『――ここでルール説明です!

 本日の試合は“宇宙標準・地球特別仕様”の一打席勝負!』


『地球代表・大空流星選手がヒット以上を打てば地球存続!

 アウトになれば地球滅亡となります!』


『なお、宇宙放映基準により、球速は200km/h以下に制限!

 ただし――変化球は完全自由!

 また、守備を行うのは日本プロ野球選手、その平均値で動くAIロボとなります』


『宇宙最強投手ゼロ・フォースの“反則級変化球”にご注目ください!』


「反則級って言っちゃったよ!!」

「合法です」


いつものようにスズカが即答する。


そんな間抜けな会話を続けている今でも

世界中のすべての場所で、アナウンスが同時に流れている。


世界中のSNSは一瞬で大混乱に陥り、

「宇宙人」「野球」「世界滅亡」「大空流星」

その4つがトレンドを独占することになった。



◆ ◆ ◆


日本の総理官邸


「……なんだこれは。映画か?」

「いえ、リアルタイム映像です。その……宇宙人からの強制配信とのことです」

「強制……? どういう……」


宇宙アナウンサーの声が響く。


『――地球代表・大空流星選手がヒット以上を打てば地球存続。

 アウトになれば地球滅亡となります』


「………………は?」

「どうやら本気のようです」



「……この目の前に浮かぶ映像を見ると信じるしかあるまいな、

 ……野球で地球の命運が決まるのか……。

 ……流星くん。頼むぞ。

 いや、頼むしかないのか……」


理解した瞬間、総理の顔が引き締まる。



◆ ◆ ◆


ある球場のベンチで白髪混じりの男が腕を組んでいた。

大空流星が日本プロ野球にいた頃、唯一“本気で叱った”監督だ。


「……流星。お前、またとんでもねぇ奴、相手にしてるな」


「監督、これ本物なんすか?」


「本物だよ。

 あいつはな……“野球界で最強を目指している”んだ

 そりゃ、宇宙に野球があるなら、それを倒さなきゃなあ~」


画面の中で、流星がバットを握り直す。


「見せてやれ。

 宇宙だろうが関係ねぇってところをよ」




◆ ◆ ◆



世界中で同じ映像が映し出されていた。


信じられないという声、

祈る声、

怒鳴る声、

ただ黙って見つめる者。


国も、言語も関係なく、

地球は今、

一人の男の打席を見ていた。



宇宙アナウンサーの声が地球全土に響き渡る。


『それでは、運命の一打席勝負を開始します』


そのアナウンスと同時に、

聞きなれた甲子園のサイレンが鳴り響く。




――それは、聞くもの全てが

     覚悟を決める時間でもあった。




ゼロが三本の腕をゆっくりと振りかぶる。

地球全土が息を呑んだ。

シャケは小さく呟く。


「……流星さん。全世界があなたをみている」

「うん。だからこそ、打つよ」



ゼロが溜めをつくると、

球場の空気が一瞬だけ“無音”になった。


観客のざわめきも、風の音も、

心臓の鼓動すら――止まった気がした。


「……なに、今の……?」


「ゼロの投球動作により、

 局所的な時間歪曲が発生しています」


苦い顔を押し殺し、スズカはいつものアレを続ける。


「……合法です」


次の瞬間――

球は投げられた。


200km/hのはずの球が、途中で一瞬“逆再生”した。


「逆再生!? なんで戻った!?」

「ゼロの投球は、すべて“計算された物理”です。

 地球の法則から外れているように見えるだけで」


球は逆再生のあと、

今度は三次元的に“折れ曲がり”ながら加速する。


「折れた!? 球が折れた!? 物理どこ行った!!」


驚くシャケをよそに、


大空流星は――微動だにしない。



(――俺は、この瞬間のために、

        この人を連れてきたんだ)


……第1球。


地球の運命が、その一球に導かれる。



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