第6話 案内人としての役目
大空流星は、俺の言葉を聞くと、
ほんのわずかに眉を動かした。
驚きではない。
拒絶でもない。
まるで、
頭の中で積み上げてきた前提が、
ほんの一枚だけ、横にずれた――
そんな反応だった。
彼は、一度だけ視線を外し、
足元のアスファルトを見る。
黒く、硬く、
昼間の熱をまだ残している地面。
ほんの一瞬。
それは考えるというより、
長年染みついた“癖”が、
無意識に出たような仕草だった。
「……地球を救う?」
低い声だった。
怒りも、笑いも、混じっていない。
彼は、俺の顔から視線を外さなかった。
嘘をついている人間を見るときの目ではない。
だが、
信じている人間を見る目でもない。
その中間。
プロとして、
何千人もの人間の言葉を聞いてきた男の目。
「……」
彼は何も言わない。
でも、何も考えていないわけでもない。
俺の呼吸や、
声の揺れ、
視線の逃げ方を、
一つひとつ拾い集めている、そんな気配。
喉が鳴った。
自分でも、はっきり分かる。
――今、俺は試されている。
「信じてもらえないと思います。でも……
本当に、地球が危ないんです」
大空は腕を組み、
俺を見つめたまま、動かない。
「君、名前は?」
「三好……三好鮭です」
「シャケくんか」
彼は、フッと鼻から小さく息を吐く。
「さっきのプラカード、あれは冗談じゃないんだね」
「はい……!」
短く、でも、逃げずに答えた。
「じゃあ、聞かせてよ。
“宇宙一を決める”って、どういう意味?」
彼はまだ、地球が危ないとは信じ切っていないだろう。
それでも、彼にとって宇宙一という言葉は衝撃的だったはずだ。
俺は知っている……
大空流星が小さな頃から「世界一の野球選手になる」を目標に掲げていたことを。
自他ともに認める「世界一の野球選手」となった彼は喜んだはずだ。
……まだ、上があるのか?と
そのとき、
背後から透明な声が囁いた。
「三好鮭。あなたの言葉で伝えてください」
スズカだ。
姿は見えない。
だが、確かにそこにいる。
本当は口に出したくなった。
ただ聞いただけではない。
それを誰かに伝えるということは、
話した内容を自分の中で真実として受け入れるということだ。
――怖かった。
――世界滅亡の真実が。
それでも。
逃げるわけにはいかなかった。
信じることしかできない俺は、
意を決して、
ここ数日、スズカから聞いてきた話を伝えることにした。
「……宇宙には、地球以外にも文明があります。
でも、平和じゃない。
戦争も、略奪も、普通に起きているんです」
大空の目がわずかに細くなる。
「戦争……?」
「はい。
強い文明が弱い文明を滅ぼす。
資源を奪い、住民を奴隷にする」
言葉にするたび、
掌から汗が滲んでくる。
「宇宙は……残酷なんです」
大空は黙って聞いている。
俺は逃げずに続けた。
「本来なら、地球なんて真っ先に滅ぼされてるはずなんです。
軍事も科学も……宇宙基準では最底辺だから」
「……じゃあ、なんで生き残っている?」
即座に返ってきた問い。当然だ。
「理由は一つ。
地球は“競技の聖地”だからです」
大空の表情が揺れた。
「聖地……?」
「宇宙に広がるあらゆる競技のルーツは、
地球にあるんです。
野球も、将棋も、麻雀も、格闘技も……
地球が原点なんです。
勝ち負けに、意味を持たせた文明は地球しかなかった」
唾を飲み込む音が
はっきりと聞こえた。
「だから宇宙では、地球は“文化の聖地”として扱われてきた。
弱いけど、価値があるから、守られてきたんです。でも……」
俺は、無意識に拳を握っていた。
「聖地である以上、“資格”が問われるんです。
原点である地球が競技で負けるようなら、
もう守る必要はないって」
大空の目が鋭くなる。
「……つまり、試されている?」
「はい。
あなた自身ではない、あなたが好きな“地球の野球”が試されているんです」
「勝てば存続。
負ければ――滅亡です」
「滅亡……」
言葉が一層、重く圧し掛かる。
「そして3日後、
野球星人……ストライク星の代表が地球に来ます。
第一戦は“野球”
一打席勝負。
……あなたが打てなければ、地球は終わります」
そのとき、
透明なスズカが一歩前に出た。
「大空流星。
私はストライク星の文化保護官、スズカです」
大空が驚いたように周囲を見回す。
「……どこに?」
「ここです」
スズカは透明化を解除した。
白銀の髪。
青い瞳。
光の粒子をまとった、
地球には存在しない美しさ。
大空流星は、言葉を失った。
「……本当に……宇宙人……?」
「はい。
そして、地球は今、滅亡の危機にあります」
スズカの声は冷徹で、揺るがない。
「宇宙では戦争も略奪も日常です。
しかし地球だけは“聖地”として守られてきました。
ですが——」
スズカは大空をまっすぐに見た。
「聖地が弱いなら、守る価値はありません」
大空の目がキラリと光った。
それは希望ともとれるし、絶望ともとれる。
「……俺が……地球を背負う?」
「はい。
三好鮭が選んだ、あなたしかいません」
その言葉が胸に刺さった。
俺なんかが選んだ?
でも――
今はそれしかない。
沈黙に包まれ
ホテル前の静かな夜風が、三人の間を通り抜ける。
大空流星は、
ゆっくりと空を見上げた。
「……宇宙にも野球があるのか」
「あります。
しかし、地球の野球は“原点”として尊敬されています」
「原点……」
彼は、しばらく空を見上げたまま動かなかった。
俺には、彼が何を考えているのか分からない。
だけど、軽い心で首を縦に振れる人間じゃないことだけは、
なぜか、はっきりと分かった。
勝ち続けてきた人間ほど、
負けたときの重さを知っている。
しかも、その重さは「地球」なのだ。
地球そのものを背負わす言葉を、
俺は今、投げてしまったのかもしれない。
もし負ければ。
もし、彼がマウンドで打ち崩されれば……
その重さは、
きっと俺なんかの想像より、ずっと大きい。
それでもなお、彼は考えてくれている。
30点の言葉が
どこまで届いたのかは分からない……。
やがて。
大空流星は、
ゆっくりとこちらを見つめて――
笑った。
その瞳の奥で、
何かが、静かに燃え始めているのが伝わってくる。
「……分かった。俺が戦うよ」
「それに本当に宇宙人と戦うなら――
相手は自称宇宙一なんだろ?」
「当然です。
普通に考えれば、地球側に勝ちの目はありません」
冷酷に告げるスズカを横に
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
「それでも……大空流星なら……勝てると思う。
地球の運命を賭けるなら、他にいない」
「ははっ、嬉しいな」
大空は大きく笑い、バットを握る仕草をした。
「相手が誰か分からないけど……
一つだけ、自信を持って言えることがある」
俺には、
次の言葉がわかる気がした。
「「宇宙一、野球を愛しているのは僕(大空流星) だ」」
誰も言葉を発しなかった。
遠く煌めく街の明かりが
俺達を見つめている。
風の音も、少し遠く感じられた。
そのとき、宇宙の彼方で“何か”が動いた。
――宇宙最強の投手、ゼロが
地球へ向かっている。
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