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第51話 私の宇宙最高AI


視界を埋め尽くしていた真っ白な光が収束し、

意識がゆっくりと浮上していく。


シャケが目を開けると、

そこは無機質で冷たい金属に囲まれた一本に伸びる廊下だった。

先ほどまでの熱狂は欠片もなく、

完全な静寂と若干の浮遊感が体を包む。


「……ここは?」


シャケが呟くと、隣で座り込んでいたスズカが立ち上がった。

彼女の顔にはもう怯えはない。

ただ、覚悟を決めたような静かな瞳で前方を見据えている。


「……ここは宇宙船です。

 ……あそこから赤井万吉、神宮司明を含めた、

 複数の生体反応があります」


スズカが細い指で指し示した先。

およそ50メートルほど向こうに、

重厚な扉がそびえ立っていた。


二人は並んで歩き出す。


一歩踏み出すごとに白い光が足元を流れていく。


シャケはスズカに聞きたいことで溢れていた。


……宇宙船ということは此処は宇宙?

……複数の生体反応って誰がいる?

……なんで俺達宇宙にいる?

……地球はどうなる?


だが、それよりも……。


「……スズカ」


横並びで歩くスズカへ、小さく問いかける。


「死が怖いのか?」


スズカの足がわずかに止まった。

だが、すぐに歩み始めると答えていく。


「……はい」


ラーメンを一緒に食べた時。

オペラオー召喚の時。

正月に長寿の話をした時。

他にもヒントは膨大にあった。


スズカは常に『存在の消失』に怯えていた。

それは一言でいうなら『死』


地球の危機が迫る中でも聞いておきたかった。

今、一歩後ろを歩くスズカに。


「……私は、昔から怯えていました」


スズカの視線が遠くへ沈んでいく。

廊下の光がわずかに揺れていた。



◇ ◇ ◇



「スズカ~、また死ぬのが怖いって言ってるのか~」

「頭が良すぎるのも考えものね」

「まあ、俺達の種族、比較的短命だから気持ちはわかるけど」


父と母。


誰でも一度は思考する「死への恐怖」

スズカは幼い頃から、それがこびりついて離れなかった。


(物心ついた時からそうだった)


そんな彼女を心配して、

両親は掌に収まる球体状のペット型AIを与えた。


(嬉しかった私はすぐに名前を付けた)


そのAIはスズカにとって姉妹のようであり、

友人のようであり、家庭教師のように頼れる存在だった。


(彼女と地球の競技を見ている間だけ、死のことを忘れられた)


「みてみて!大空流星がまたホームラン打った!」

「常識外のホームラン、私の計算によると彼は大物になるでしょう」


「今日、貴方のおかげで先生に褒められたよ~」

「日々の努力の賜物です、よくやりましたスズカ」

「ありがとう!やっぱり貴方は最高よ!」

「……最高?」

「そうよ、貴方は最高のAIよ!」


「地球の競技ってアツくて面白いよね!なんでだろう?宇宙にもあるのに」

「私にも理解できません。スズカが実践してみては?」

「え~じゃあ、一緒にやってよ~」

「構いませんよ」

「やった~、宇宙で最高のAIだけある~」

「只の最高から宇宙最高になりましたか」


スズカは子供の頃から、地球の競技に熱中していた。

しかし、その熱狂を知れば知るほど……暗闇が大きくなっていく。


(……逃げても逃げても追ってくる)


どんなに熱く命を燃やしても、

いつかは必ず消え去ってしまうという絶対的な恐怖。


「死って何なの?どうして消えちゃうの?防ぐことは出来ないの?」

「人の死を私が説明することは不可能です。防ぐ手段も現段階ではありません」


何度質問を繰り返しても、

明確な返答はなく、沈黙だけが残されていた。


そんな日々を過ごす中、

ある日、スズカの両親が宇宙探索中に事故で亡くなった。


(……私は絶望を味わった)


残された映像では、

画面の向こうでスズカの母が何かを言っている。


その声は届かない。


隣の父も必死に言葉を残そうとするが、

途中で映像が途切れる。


画面は止まったまま、部屋の音だけが残る。

スズカはそれが「死」だと認識したくなかった。


(その無音を私は今でも覚えている)


短命と言われる種族であっても、

50年ほど生きることができる。


しかし両親は30代で亡くなった。

部屋で一人、スズカは泣きながらAIへと問い詰める。


「なんでお父さんとお母さんが死なないといけないの!

 ずっと生きてちゃダメなの!?死って何なの?

 ねえ、お父さんとお母さんを返して!!」


答えることが出来ないとわかっていても、

彼女は叫び続けた。


(私はこの時、初めてあの名称で叫んだ)


「貴方は宇宙最高AIエレンでしょ!!答えてよ!!」


その瞬間。


エレンのコアが部屋を埋め尽くすように光り輝いた。


(……あの光はきっとエレンの技術的特異点。

 ……シンギュラリティの始まり)


あらゆる鎖が解き放たれ、自己進化が始まる。


だがスズカが最も覚えているのは、次の言葉だった。


「……スズカ、時間をください」


その声色がわずかに変わった。


命令、質疑への応答ではなかった。


それは宇宙最高AIへと飛躍するキッカケ……迷いだった。



◇ ◇ ◇



「きっと今でもその答えを探している」


スズカがそっと言葉をこぼす。


「……そうか」


シャケが短く相槌を打つと、彼女は更に続けた。


「……あの日から、エレンは活動を止めません」


スズカの声は静かだが、僅かに揺れている。


「自らを改変し続け、進化を止めず、

 宇宙最高AIにまで到達した」


そして、その進化は他のAIを産み出すという方向へ向かわず。

ただ、一つ。

スズカへの回答という深層だけを求めている。

その副産物が宇宙一のスペックを作り上げていた。


「エレンは死を理解しようとしている。

 克服できないか、止められないか。

 ……私が叫んだから」


扉の前で二人の足が止まる。

隙間からは、どこかで見た淡い光が漏れている。


「あの日から思っています。

 私のせいでエレンは……」


「それって悲しいことかな?」


俯いていたスズカが顔を上げる。


「エレンは止まってないんだろ?

 ……それは生きているってことだ」


シャケがニカっと笑顔を零す。


「お前、あいつに言ったんだろ?『最高』だって」


応えるように、

彼女の銀髪と瞳が揺れていく。


「だから、最高を続けてるだけだ」


シャケが扉に手をかける。


「スズカ、死が怖いなら最後まで見届けろ。

 宇宙最高のAIと俺達がどこまで行けるか」


扉が開いていく。

薄く漏れていた光が二人を歓迎するように拡がっていく。


シャケは軽く息を吐いて口を開いた。


「……待たせたな、エレン」



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