第49話 最終局面
南四局。オーラス。
親は北家に座る赤井万吉。
【南四局】
東家:神宮司 28000
南家:イースト 24700
西家:ウエスト 28900
北家:赤井 18400
イーストの倍満ツモにより、点数は僅差。
文字通り、誰がアガってもトップ、
宇宙一に手が届く最終局が始まる。
西家のウエストは、配牌を開きながら
静かに思考を加速させていた。
(イースト、お前は打点というロマンに『熱』を見出した。
……だが、私は違う)
現在のトップは自分だ。
2着の神宮司とはわずか900点差だが、
どんなに安い手でも最短最速でアガリをもぎ取れば、
その瞬間に勝利が確定する。
麻雀は、その局面、点棒状況によって正解が万華鏡のように変化するゲームだ。
このオーラスにおいては、『安くても速いアガリ』こそが絶対の正義。
徹底的に計算された最速の手順。
それこそがこの局面では観る者の息を呑ませ、
熱狂を生み出すのだと、今のウエストは理解していた。
一方、逆転トップを狙うイーストは
条件である満貫(8000点)以上を作るため、
ただ真っすぐに手牌を育てていた。
スピードと打点。
ウエストとイーストは、
それぞれの戦いで麻雀を魅せていく。
中盤。
静寂の中、神宮司とウエストのリズムが変わった。
二人は同じ巡目でテンパイを果たしていたのだ。
どちらもアガれば勝利が確定するため、
相手からの警戒を避けるべく、ヤミテンを選択する。
それこそが、この局面でのセオリー。
しかし。
「……意味、ないか~」
「……ああ、隠すだけ無駄だ」
神宮司とウエストの視線が交錯する。
卓を囲む4人は全員がバケモノだ。
息遣い、視線の僅かな動き、打つリズム、
ツモ牌を触る指の僅かな軋み。
隠そうとしたところで、互いがテンパイしていることなど
既に筒抜けだった。
小細工は通用しない。
ならば、残された道は真っ向勝負のみ。
「リーチ」
「僕もだ、リーチ」
ウエストと神宮司のリーチ棒が卓上に舞う。
同巡での2軒リーチ。
『出たああああ!!
オーラスのこの場面、神宮司、ウエストからリーチ宣言!
どちらがアガっても決着必至だ!!』
実況の叫びが銀河中に響き渡る。
そして、その熱狂を更に炊き上げる者がいた。
「……条件クリアだ、リーチ」
逆転可能な満貫の手を作り上げたイーストだ。
無機質ながらも、熱が込められた声で
3本目となる千点棒を卓上へと捧げていく。
『なんと!!!
イーストも追っかけリーチだ!!
トップを争う三人がオーラスで激突!
宇宙一を決めるのは三軒リーチ対決だ!!』
・まじかあああああ
・激熱だなww
・誰がアガってもトップ確定やん
・神宮司頼む!!
・2対1だ、我々宇宙側が勝つ
・麻雀はそうじゃないんだよなあ
・麻雀警察です、リーチ必要ないけどアツいからOKです
・おい、赤井はどうするんだよ!
3人のリーチ宣言牌が、真横に向きを変えて河に並ぶ。
それは、親である赤井に突きつけられた3本の刃。
親の赤井は、アガるかテンパイした状態で局を終えなければ、
その時点で敗北が決定する。
だが、彼の手は未だ遠かった。
普通に考えれば、降り一択。
三軒リーチ相手にこの手から攻めるのは自殺行為に等しかった。
ここは、神宮司に全てを託して降りに回る。
それが正解。
赤井が牌をツモる。
有効牌を引くが、手を進めれば危険牌を捨てることになる。
「……フッ」
味方からアガりはNGという追加ルール。
打った瞬間、ロンの発声が響いた時点で、
地球の負けが確定する。
麻雀とは賭けているものにより、その性質を大きく変える。
何も賭けていない麻雀は競技性が強くなり、
昔のように金を賭けていればギャンブル性が高くなる。
この戦いは……地球を賭けている。
だが、そのことを忘れているかのように
赤井は右唇だけを吊り上げていた。
「……なあ、お前ら……麻雀とは何だろうな?」
危険牌を無造作に掴み上げる。
「……理不尽な死の恐怖が付き纏う。
……どんなに正解を選んだつもりでも、運次第で地獄に落ちる。
……だからこそ……自分の命を削ってアガりを奪う」
バシッ!!
赤井が叩きつけた危険牌に誰の声も通らない。
彼は理解していた。
自分が降りれば、この麻雀の純度が落ちると。
それは対戦する宇宙人にとっても、
勝利を目指す地球側にとっても誰もが得をしない。
更には、己の存在自体を否定することになる。
それが赤井万吉。
他の3人は牌を確認して捨てるだけの状態。
赤井の番で毎回、時が止まっていく。
彼が牌をツモると、
手を進め、再び危険牌を河へ捨てていく。
「……なあ、シャケ。
麻雀は不思議だな、まるで人生の縮図だ。
……俺が降りれば放銃はない。最悪は防げる。
……死から逃げれば生き延びることができるかもしれない」
「だからこそ、赤井さんに任せます」
赤井の声がシャケへ聞こえても、
シャケの声は卓上へは届かない。
リーチをした三人は上がることなく、
再び赤井の番へ。
また手が進み、危険牌を指で掴む。
「……死から逃げれば生きられる。
……それは生きていると言えるのか?
いや、違うな。死と生は隣にある。
正反対なものではない。
いつか死ぬからこそ、今を生きていると言える」
強く音を立てて、牌が河へ捨てられる。
シャケは見守ることしか出来ない。
「……死と生」
巡目が赤井へ回ると、またしても手が進む。
「……今、対戦している宇宙人もそうだ。
こいつらは麻雀の死を恐れてここへきた。
……そして、今強く生きている。
……なあ、わかるか?『スズカ』」
シャケは不意に出たスズカの名前に驚き、
隣に座る彼女の顔を見る。
そこには過去見たこともない、怯えきった姿があった。
いつも冷静に整っていた表情が崩壊している。
凍り付いたように顔色は青白く。
瞳孔は焦点が合わずに揺れ動いていた。
「スズカ?」
シャケが声を掛けても反応がない。
彼女は自身の口元を両手で強く抑え込み、
ガタガタとマイクがノイズを拾うほどに全身を震わせていた。
まるで世界の終わりを目の当たりにしているかのように、
卓上の赤井を、恐怖と絶望が入り混じった瞳で見つめている。
赤井から見ることが出来ない状況のはずなのに、
その光景が当然のようにシャケへ語り出す。
「……シャケ、女の異変に気付いてやるのが男だ。
……この勝負が終わったら話し合え」
優しく微笑むと、赤井が牌を強く握り込む。
卓上のライトがその右手を白く照らしている。
「……待たせたな、お前ら。最終局面だ。
……リーチ」
『な、な、何と!全員!!
四家立直だ!!!!
間違いない!間違いなくこの局で全てが決まるぞ!!』
千点棒を卓上へ投げ込むと、
4人全員の瞳が交わっていく。
「……さあ、始めようか……ギャンブルを」
ここからはノンストップ。
運命に委ねられた卓上で、
ギャンブルの鬼が笑っていた。
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