第47話 価値ある降り
南一局。
親は神宮司。
東家:神宮司 33000
南家:イースト 15100
西家:ウエスト 34900
北家:赤井 17000
先ほどまでの反則や点棒移動だけの争いが終わった。
ここからが本当の麻雀。
運も技術も飲み込んだ、極限の頭脳戦。
サイコロが振られ、牌が開かれる。
「……楽しくなりそうだね」
神宮司が短く息を吐き、配られた牌を整理していく。
親番である彼にとって、
ここはアガリへ向かい、点数を稼ぎたい勝負所だ。
この一局を落とせば、二度と親は回ってこない。
しかし、第一打で神宮司が捨てた牌は
対局を観戦しているもの、全てを驚愕させた。
それは……ドラの5萬。
一牌持つだけで上がった時に点数が上がるドラ、
更には、使いやすく攻撃の要でもある真ん中の牌だ。
『!!!
神宮司、気が狂ったのか!?
第一打から、ドラを切っていく!』
銀河アナウンサーが非難を込めた声を上げる。
麻雀中級者以上なら首を傾げる選択に、
コメント欄も動揺を隠せない。
・は??
・草
・ミスか?
・これが神宮司の必殺技です
・www
・麻雀警察です、これは逮捕もの
・親だぞww
「……きましたね」
騒然とする実況を他所に、
シャケだけが静かに頷いていた。
「これこそ、神宮司さんの得意技『配牌降り』」
それは最初に牌を配られた段階でアガリを目指さない。
一打目から危険になりやすい牌を処理する戦法だ。
シャケのドヤ顔、
その横では、スズカが納得いかない表情をしている。
「配牌降り……最初から戦わないということですか?
上がる可能性はあったと思いますが……
流石にコレは非合理です」
「その非合理で、
AIとの100連戦勝ち越してるんだよなあ、あの人」
「地球産のAIよりも、彼ら双子の方が演算能力は上です」
「……そうだとしても、
多分今回はコレが正解だ」
シャケが卓上を指差す。
その先には、宇宙人ウエストの手牌。
よく見ると、
アガリまであと一歩まで迫っていた。
3巡目。
ウエストがツモると、
表情を変えず、牌を横向きに捨てる。
「リーチ」
早すぎる宣言。
完全なる最短手順でウエストはテンパイまで辿り着いていた。
こればかりは、赤井も神宮司も手出しができない。
『ウエストから、この対局初めてリーチが入った!!
その待ちは2ー5萬、白の変則3面張!
これは、白が出てしまうぞ!!』
放送を見守る全ての観客には、
4人全員の手牌が見えている。
リーチが入った直後、
観客が釘付けになったのは神宮司の手牌。
一打目から配牌降りで、ドラ且つ当たり牌の5萬を処理しているが、
死を招くように『白』が二枚浮いている。
・ああああああああ
・配牌降りは正解だったけど白がぁぁぁ
・これは誰でも放銃してしまう
・いや、神宮司は切らない
・無理だって!現物がない以上、白だって
・2枚持っていることで余計に安全だと思うなコレ
・宇宙の麻雀AIも白捨て安定と出ている
・確率論でいけば、トイツの白捨てだよな~
・麻雀警察です。この場面、白の放銃は許されます
・地球が賭かってるのに許されるかよ!!
・もう一度言う、神宮司は切らない
「……これこそ麻雀だな、神宮司」
赤井がニヤリと笑う。
彼の手元には、
ウエストが1巡目に捨てている『発』が3枚残っている。
それは安全な牌であり、降りることは容易だ。
しかし、皮肉にも危険な牌から捨てていた神宮司の方が
安全牌を所持していなかった。
「人生と一緒です。理不尽はいつだって起きる。
それでも、ここから生還するのが麻雀プロ。
そのトップなんですよ!」
赤井が捨てた『発』を見届けると、神宮司がツモる。
引いてきたのは、危険牌の6萬。
『なんと!最初から降りていたはずの神宮司。
安牌が一つもありません!麻雀の神様はイジワルだ!!』
絶体絶命の親番。
もし、神宮司が開き直って攻めに転じれば、
白と共に浮いている2萬が飛び出る形。
逆に確率論でいけば、2枚所持する白が捨てられる。
神宮司は珍しく表情一つ変えずに黙り込む。
ただ静かに思考している。
(……早すぎだよ、スジも現物も何もない)
それでも、彼はここで放銃するわけにはいかなかった。
神宮司の脳裏に、かつての光景がよぎっていく。
タバコの煙が充満し、怒号が響く薄暗い雀荘。
麻雀が「ギャンブル」と呼ばれ、
闇だけが支配していた時代。
――そんな時代には戻さない。
子供たちが憧れ、配信は熱狂し、
知的なスポーツとして認められる世界。
Mリーグが目指す未来。
その象徴である自分が、
確率や運を言い訳に放銃することは許されない。
胸を張って選んだという、自分自身の納得が必要だ。
いつか、己の光を受け継ぐものが現れるまで
一点の曇りなく輝き続けるために。
神宮司は誰にも悟られないように、
手を這う汗をズボンで拭き取ると、
震えないよう、慎重に言葉を吐き出す。
「……待たせたね」
神宮司が選んだのは、2枚所持していた無筋の9筒だった。
決して、100%安全な牌ではない。
捨てる牌は実質、9筒と白の2択だった。
確率だけで言えば、白1択。
だが、直感に近しい警告が9筒へ指を走らせていた。
それは、神宮司の経験によるものなのか
麻雀界を背負うものとしての宿命なのか、誰にもわからない。
『通したあああ!
神宮司、ギリギリを通していく!』
その後、ウエストが上がることなく局は進行していく。
それもそのはず、当たり牌全てが神宮司へ流れているのだ。
だが、ウエストの捨てた牌とイーストが捨てた牌。
その安全牌により、神宮司の手が白へ向かうことはもうない。
配牌降りがここで活きてくる。
・9筒を捨てたところが全てだったな
・当たり牌もう一つもない、全部神宮司
・これは流れる
・AIでも放銃してた牌、よく止めたな
・前に配信で言ってたな、なんとなく危険だと思った牌は本当に当たるって
・地球人、理屈じゃない
・攻めるより怖いわ
・確率を無視した……これが地球の麻雀
そして、最後の牌が切られた。
流局。
3人が降りていた為、
唯一テンパイしたウエストの手牌が開かれる。
リーチ、ホンイツ、ドラ3。ここまでで跳満。
更にアガリ牌が白かドラの5萬だった場合、
倍満、16000点のアガリだった。
『寸前のところで、大物手を避けたぞ神宮司!』
地球全土から、歓声が沸き上がる。
一打目から降りるという選択が導いたのは、
価値ある流局だった。
「……シャケ、麻雀とは不思議ですね」
スズカが卓上を見つめながら呟く。
「神宮司明は、この局1点も稼いでません。
なのに……なぜこんなにも強く見えるのでしょうか」
「きっと、その熱を感じてほしかったんだよ、
麻雀星人、神宮司さんは」
最初から降りるという選択をしたその男は、
麻雀界を背負うという役目からは降りなかった。
銀河中に聞こえるようシャケが強く言い放つ。
「これが、地球の麻雀だ」
結果として南一局は
ウエストがテンパイ料だけを受け取り終了する。
【南一局】供託:1000
東家:神宮司 32000(-1000)
南家:イースト 14100(-1000)
西家:ウエスト 36900(+3000)
北家:赤井 16000(-1000)
神宮司は涼しい顔で眼鏡の位置を直すと、
ホッと息をつく。
「ふぅ、危ないところだった~。
……でも、これでいい」
自身の信じる麻雀、それを魅せることが出来た。
難しかったかもしれない。
ただその一部だけでも感じてもらえば神宮司は満足だった。
宇宙と地球、観ている人たちが
麻雀という文化に触れるキッカケであればいい。
その想いは、対面する宇宙人にも届きつつあった。
勝負は南二局へと続いていく。
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