第40話 ZERO
――腕を一本もらおう。
「心拍数に動揺が見られない、虚勢ではありません」
「シャケくん、この人は本気で言っている!
冗談じゃ済まない、絶対にやめた方がいい!」
スズカと神宮司さんの声が雀荘に響き渡った。
二人とも、真剣な眼差しで俺を心配している。
「この人は麻雀の天才でもあるけど、ギャンブラーだ。
君と地球を破滅させるかも知れない……。
優秀な雀士は他にも沢山いる」
神宮司さんの言い分は正しい。
俺だって只の凡人だ、安全策を取りたい気持ちはある。
……でも。
「……それじゃあ、ダメなんだ」
地球が賭けられた麻雀勝負。
運の要素も大きく影響するその対決は、
案内人である自分自身が納得して決めないといけない。
「心の底から納得した人じゃないと案内……いや、地球を託せない」
神宮司さんが眼鏡の奥で目を細め、スズカが小さく息を呑む気配がした。
論理的ではない、これは俺のエゴだ。
だが、このエゴを通さないと宇宙に勝てる未来が見えない。
腕一本、いや己の命そのものを賭けて、
俺はこの人に挑まなければならない。
ここまで地球の全てを賭けてきたのに、
自分を賭けるとなると、
体中の血液が沸騰するように熱くなっていく。
一歩引いた案内人ではなく、当事者としての戦い。
俺は二人の制止を振り切り、決断する。
「……勝負です、赤井さん」
俺の言葉に、
赤井さんは当然だ、とでも言わんばかりに続く。
「……わかった」
彼はゆっくりと身を起こし、
ポケットからタバコの箱を取り出した。
封は切られている。
その箱を無造作に卓上に投げ込むと、
どこから取り出したのか、手に持つ一本のタバコに火をつける。
「……勝負と言ったが、
俺はお前の『運命』と『覚悟』さえ見ればそれでいい」
「運命と覚悟?」
「……そうだ、覚悟は見届けた。
じゃあ、運命を見定めようか……このタバコの箱。
『何本のタバコが残っている?』
……当ててみせろ、案内人三好鮭」
俺は息を呑んだ。
純粋なギャンブル勝負だと分が悪かった。
だが、この問題は……ほぼ直感じゃないか?
「シャケ!このような非合理な勝負、受ける必要ありません!」
「……今からでも降りることを許可しよう」
未だ辞めることを支持するスズカに、
赤井さんは勝負から降りる許可までくれている。
……それでも。
俺は、深く、深く思考していく。
透視能力なんて当然ない、重さを測ることもできない。
ただ、箱の見た目から中身を推測するだけの
完全な『運』のゲーム。
……いや、違う。
これは赤井さんからのテストだ。
俺という人間が、運命を手繰り寄せられる器かどうか試している。
よく、考えろ。三好鮭。
銘柄は「セブンスター」。ひと箱20本入り。
彼と出会ってから、もう2本吸っている。
かなりのヘビースモーカー。
灰皿にも吸い殻が溢れている。
20本から1本……。
まだだ……考えろ。
俺と出会ってから減った本数は2本。
ということは、残っているのは18本から1本。
完全に運で決まる勝負……。
いや、麻雀と同じだ。全てが運で決まるわけじゃない。
だからこそ麻雀は楽しい、そしてこの勝負も運だけで決まらない。
赤井さんの言葉の意味をよく考えろ。
『何本のタバコが残っている?』
……そうか。
脂汗が滲み、心臓の音がうるさい。
俺は凡人だ。特別な力なんてない。
だからこそ、提示された情報から導くしかない。
俺は赤井さんの目を真っすぐに見据え、言い放った。
「……0本だ」
部屋の空気が凍り付く。
最初、除外していた0本という答え。
それは無意識の内に赤井さんに掛けられていた魔法のようなもの。
『何本』『残っている』その二つの言葉で、
いつのまにか、最低1本はあると思わされていた。
だからこそ、答えは0本。
赤井さんは数秒の沈黙の後、低く呟いた。
「……ゼロ、か」
赤井さんの瞳が、俺の魂を測るように一点も揺らがない。
自分の脈を感じるほど、全身が熱くなる。
間違っていれば腕を持っていかれる。
視界に映る色は消え失せ、モノクロの世界が広がっていく。
これが勝負……戦うということ。
数分にも感じた時間が動き出すと、
赤井さんの指がゆっくりと箱へ向かう。
蓋を開けると、見えたフィルターは3つ。
残っていたのは『3本』
――俺の負けだ。
そう思った瞬間、
赤井さんは3本のうち、
1本を指に掛け、口に咥えた。
シュポッ。
ライターの火が、その一本を消費していく。
「……大空流星を信じさせた。その1本」
残った2本のうち、1本を手に持つと神宮司さんへ手渡す。
「……よく、最強を選ばずに自分の選択を信じた。
諸星はその信頼に応えて結果を出した、その1本」
そして、最後に残った1本。
それを俺に向けてくる。
「……テイサスオペラオーと和田野は素晴らしかった。
……だが、それ以上に……全員を勝ちにいかせた判断。
……その1本」
箱の中にもうタバコは存在しない。
「……正解だ」
赤井さんは咥えたタバコを深く吸い込み、
天井に向けて煙を吐き出した。
「ゼロだ」
その顔には、先ほどまでの冷笑ではなく、
どこか狂気を帯びた満足気な笑みが浮かんでいた。
俺は確信する。
4本以上を答えていれば、
本当に腕を持っていかれていただろうと。
ただ、なんとなくだが。
彼は俺が0本と答えることが分かっていた気がする。
「……受けよう、地球代表」
それを告げると、
タバコの先端を俺達へ向けてくる。
「……2対2のタッグ戦、チーム戦なんだろ?
1本ぐらい付き合え」
そういうことか。
俺と神宮司さんは手に持ったタバコを口に咥えた。
先端を赤井さんが咥えたタバコの火元に近づけて、大きく吸い込む。
俺達2本のタバコにも、赤みが拡がり、
煙が口内を侵食していく。
――初めて吸ったタバコは苦かった。
それでも、口と肺の奥に広がる苦味は、
頼もしい相棒を得た証のように熱かった。
20時過ぎ、不定期更新




