第37話 ラスボス
12月29日。
有馬記念の熱狂から一夜明けた東京は、
昨日までの喧騒が嘘のように冷え切っていた。
第三戦、競馬
俺達は確かに勝った。
武井さんと和田野さん、
そしてオペラオーとマイデュースの手によって
地球は守られた。
だが、今朝のニュースの片隅で流れた
「宇宙人との対決、次回は麻雀に」
という無機質なテロップが、終わらない戦いを示していた。
俺はホットコーヒーだけを飲み干すと
重い足取りで宇宙対策本部へ向かった。
扉を開けると、
そこには既にお馴染みといった顔ぶれ。
鳥越さんは眉間にシワを寄せて書類を睨み、
スズカは……。
「何してんだ?スズカ」
会議室の片隅に
違和感溢れる一台の全自動麻雀卓。
その上に置かれた牌をスズカは無造作に触っていた。
「シャケ、麻雀牌というものを私は初めて触りました」
「麻雀自体は知っていたのか?」
「勿論です。
ただ、宇宙では基本的に対面して勝負することはありません」
「……格ゲーの時と一緒か」
麻雀のアプリは俺も一時期よくハマっていた。
その超進化版が宇宙では基本ということなんだろう。
それなら、牌を触ったことないのは当然といえば当然だ。
「今回の麻雀、1半荘ってことだけど
詳しいルールはどうなっているんだ?」
「地球で最も盛んな麻雀リーグ『Mリーグ準拠』となっています」
7年前から始まったMリーグ。
各麻雀団体の強豪を集めたリーグで、
人気と実力を兼ね備えた各チームにより、
毎年、野球のように
レギュラーシーズン、セミファイナル、ファイナルと
日本一を決めるまで対戦が行われる。
今、日本で急激に高まりつつある麻雀熱を
支えていると言っても過言ではないのが、そのMリーグだ。
「また、対戦相手についても共有しておきます」
スズカがいつものように、ホログラムを立ち上げる。
そこに映し出されたのは
鏡合わせのように、そっくりな二人の姿。
真っ青な長い髪が、どこか冷たい印象を与えている。
「リーチ星の代表、双子の雀士です。
名前はリーチ・イーストとリーチ・ウエストです」
(名前まで麻雀星人かよ)
「で、またトンデモない能力を持ってるんだろ?
その宇宙一の麻雀星人は」
卓上の麻雀牌を捲りながらスズカに問いかけるが、
今回は双子の時点で何となく想像できる気がした。
「はい、彼らは双子特有の量子通信でリンクされており
完全な意思疎通が可能です。
また確率論を完全にマスターし、
常に理論上の最適解を導き出します」
(……)
確率論をマスターという言葉を信じるなら、
彼らの打牌に一切のミスはないだろう。
それにプラスして、双子で情報を共有するのが厄介だ。
麻雀とは4人がそれぞれ勝利を目指す競技。
その中の2人がお互いの情報を共有すれば、
点数を分け与えて、一着を取らせることも比較的簡単だ。
もし俺が打てば、100回やって100回負ける。
だが、『あの人たち』なら。
理屈を超えた場所にいる、あの二人なら勝てる気がする。
そもそも、麻雀という競技は運の要素が強い。
ある程度のルールさえ把握している人物がプロと打った場合でも、
数試合単位でみれば普通に勝ち越すことがある。
それが麻雀の面白いところであり、残酷なところなのだ。
(……なぜ、将棋や囲碁、チェスじゃない?)
不確定要素が多く含まれる麻雀、
球速制限があった野球、直接的な身体能力が大きく影響しない格闘ゲーム。
そして、タイムを競うという点で
陸上競技でも構わなかったはずなのに、
あえて選ばれた競技、競馬。
どの勝負も首の皮一枚、
ギリギリの奇跡で掴み取った勝利だ。
一歩間違えれば、とっくに地球は滅んでいた。
だが、もし宇宙側がただ地球の滅亡を願っていれば
『勝率0%』の勝負を選ぶことも出来たはずだ。
それこそ、100メートル走や重量挙げ。
単純な身体能力勝負なら、地球側に勝ち目は一切なかった。
なのに、それを選ばなかった。
まるで地球を試しているような……。
……何かが、引っかかる。
「スズカ……今までの競技と今回の麻雀。
誰が選んでいるんだ?」
スズカの動きが止まった。
青い瞳だけをわずかに揺らし、俺を見つめてくる。
「今まで伝えた通り、宇宙議会です」
「……そうか」
ここまで毎日顔を合わせてきた仲だ。
スズカが嘘を付くことはない。
だが、何かを隠している気がする。
宇宙議会というのは嘘じゃないという前提。
議会の中で多数決でもしているのか?
無数にある競技の中で?
誰もが納得する人物が決めているとか?
誰もが、納得する……。
……そういうことか。
『アイツ』と初めて会った時、初めて会話をした時。
違和感はあった。
思考に耽っていると、
俺達の会話に鳥越さんが割り込んでくる。
「それで、今回の地球代表は……」
「はい、一人は恐らく向こうからコンタクトがありますよ」
そうだ、とりあえず先にやることは
地球代表選手を2人集めることだ。
結局のところ、麻雀で負けてしまえば
地球が滅亡することに変わりはない。
俺はスマホを取り出して、
Mリーグの配信画面を二人に見えるように卓上へ置いた。
画面には、つい先ほど対戦が終了したばかりのMリーグ。
その勝利者インタビューが映し出されている。
そこには端正な顔立ちに眼鏡をかけた一人の男が、
笑顔で質問に答えていた。
「神宮司選手、トップおめでとうございます!」
「いや~、ありがとうございます!
まあ僕にかかれば当然というか、計算通りというか?
今日は配牌がデレてくれましたね~」
ペラペラと弁の立つその男は神宮司 明。
現役最強の呼び声も高い、スター選手だ。
「流石、麻雀界のラスボスですね!」
「いやいや、もう一つ重要な異名があるでしょ」
インタビュアーが目を丸くすると、
触れていいんだとでも言うように、前のめりに喋り出す。
「良いんですね!麻雀星人と呼ばれる神宮司選手!」
「はっはっは、カモン!」
そう、この人は麻雀界の『ラスボス』と言われることもあれば、
その強さに敬意を込めて『麻雀星人』と呼ばれることもある。
「世間では大変なことになっています。
次はなんと麻雀で宇宙一と戦うそうですが……
巷では、相手は麻雀星人と言われています」
その質問を聞いた瞬間。
待ってましたと言わんばかりに彼はカメラに顔を近づけた。
「……麻雀星人?片腹痛いですね」
自信満々な不敵な笑み。
その顔は、俺や麻雀ファンが見慣れたいつもの神宮司。
「この宇宙で、麻雀星人を名乗っていいのは僕だけです。
そんなポッと出の宇宙人に、僕の肩書きは渡しません」
そして、彼はカメラのレンズを通して、
まるで俺を見ているかのように指を差してきた。
「見てるんでしょ?案内人のシャケくん。
準備はできてるよ」
俺の予想通りの反応に、
嬉しくてこっちまで思わず笑顔になってしまう。
「ああ、折角だしアレやってほしいな~。
諸星さんの配信でしてた、虹色のスパチャ。
今日この後、僕も配信するから期待して待ってるよ!」
画面の向こうでウインクをする神宮司を見届けると、
俺はスマホを握りしめて、スズカに告げた。
「……決まりだな。
まずは一人目、俺達の麻雀星人を迎えにいこう」




