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第34話 宇宙皇帝と覇王


第4コーナーを回り、

中山競馬場の急坂が待ち受ける最後の直線。


大逃げでレースを支配し続けてきた

トリプルターボの脚色が、ついに鈍った。


心臓は破裂寸前。肺は焼けるように熱く、

手足の感覚は消え失せ、ただ気力だけで地面を蹴るターボ。


「ターボ!よく頑張ったもういい!!」


騎手の中谷ですら、

脚を止めないターボを制止に掛かる。


限界だ。誰の目にも明らかだった。

序盤から絞り出した全力とスターライトダッシュとの一戦。


2500メートルという距離は

あまりにも長く遠い。


「下がろう!ターボ!よくやったんだよ!お前は!!」


次第に緩めていく中谷の手綱。


彼が一番理解している、

ターボのスタミナが完全に切れたという事実を。


「それに……感じるだろ、ターボ」


中谷とターボは

背後から迫る、複数の圧を感じていた。


「俺達の背中をずっと睨みつけていた怪物たちだ」


悔しさはある。

自分たちの役目はここで終わる。

だが、世界中が認めてくれる姿を魅せることができた。


それに――最後まで間違いなく全力だった。


それこそが、トリプルターボ。


逆噴射のように、彼の脚が次第に緩んでいく。


(最後は特等席で、クライマックスを見届けよう)


「……あとは任せましたよ!宇宙一の戦いを魅せてください!

 さあ、ここが最後の勝負!そのスタートラインだ!!」


中谷の叫びと共に、二頭の馬が両サイドを駆け抜けていく。


『ああ、トリプルターボの有馬記念はここまでだ!

 残り200メートルで完全に力尽きた!!』


それは中谷の言う通り、

ラストスパートへのスタートラインそのものだった。


先頭を塞いでいたトリプルターボが消えて

一直線に伸びる、最後の戦場。


二頭、ギャラクシーエンペラーとテイサスオペラオーが

そのラインを超えたとき。


宇宙最強馬に騎乗するキュルテが呟く。


「悪いが、ここまでだ地球」


キュルテの網膜に映し出される様々な数値が

オールグリーンを示していく。


【障害物消失。直線コース、クリア】


【リミッター解除。出力最大――速度 overboost】


――バチッ。


ギャラクシーエンペラーの周囲が

稲妻のように光輝く、次の瞬間。


中山競馬場が破裂したかのように

爆音が地面を大きく揺らした。


ドォォォォォォォォンッ!!!


それは最早、脚の音ではなかった。

戦闘機が点火したような重く、内臓まで響く重低音。


ギャラクシーエンペラーの全身が

危険なほど純白の輝きを重ねていく。


『これが宇宙最強馬、本気の姿だ!!

 瞼を閉じれば、見失うぞ!!どうする地球!!』


「……刮目せよ」


キュルテが一言呟くと、暴風が吹き荒れ、

瞬間移動のようにギャラクシーが加速する。


コース上の芝生が根こそぎ剥がれ飛び、

衝撃波が観客席を襲う。


誰もが確信した。これで終わりだと。


「待て待て!馬とちゃうんかい!!」

「諸星さん!馬券飛んでますって!」


観客席にいた諸星、シャインを筆頭に

中山の観客は吹き飛ばされないよう、地面を全力で踏みしめていく。


その中で一人、圧倒的な体幹により

仁王立ちのままレースを見守る男が一人。

大空流星だ。


「結局、俺達は宇宙の全力と戦う宿命だよ、シャケ」


200キロを超え、特異点とさえ言われた『全力ストレート』

未来を読み切ると言われた『予知』による格闘ゲーム。


「……それでも、勝ち続けた。

 さあシャケ、君が導いたテイサスオペラオーは何を魅せる?」


流星の目に映るのは、圧倒的加速で白に輝くギャラクシー

……そして、その横で駆けあがるオペラオーの勇姿。


「……そ、そんな……そんなことが」


遠く見守っていたスズカが悲鳴のように声を漏らした。


千切れない。離れない。


時速100キロを超える疾走、閃光の走りに

泥まみれの黄金が張り付いている。


常識で考えれば、生身の馬が時速100キロで走れるわけがない。

だが、和田野とオペラオーはそこにいた。


「……和田野さん、オペラオー。信じていました」


科学を塗り替える、その走り。

シャケは己が召喚した馬と和田野ならば、きっとやり遂げると信じていた。


今の状況、それは奇跡ではない。

和田野の判断と、オペラオーの類稀なる『知性』が生んだ必然だった。


ギャラクシーが加速した、そのコンマ1秒の瞬間。

和田野とオペラオーは理解していたのだ。


真横、その位置さえキープすれば付いていけると。


かつて幾度となく包囲網を敷かれ、四方を壁に阻まれてきた覇王。

わずかな勝機を見つけ出す嗅覚において、彼の右に出るものはいない。


ギャラクシーエンペラーが切り裂いた大気。


その真横に発生する、気圧が極端に低い空間、

過去誰もが張り付けなかったその場所へ

和田野とオペラオーは潜り込んでいた。


お互いがぶつかり合うほどの至近距離。

馬体が擦れ合い、周囲に焦げた匂いが広がる。


時速100キロを超えるスピードで二頭は駆けていく。


「ここまで付いてくるとは、やるな地球!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


和田野の歯が砕けそうなほど噛み締められる。


ギャラクシーが生み出す超常現象は既に二頭に共有されている。

だが、脚の回転数は物理的な限界を超えていた。

本来なら、脚が折れてバラバラになっていてもおかしくない速度だ。


それでも、和田野の手綱は緩まない。

昔は違った。勝てないと諦めたときもあった。

ただ、この偉大な馬の背中に必死に喰らい付いた。


だが、今は違う。


「わかるぞオペラオー!

 お前の呼吸、筋肉の軋み、お前の考えまで!!」


泥だらけの手綱を通して、互いの魂が溶け合うような感覚。

正に人馬一体。


和田野とオペラオー、その加重がミリ単位で重なっていく。

一歩進むごとに加速する、

その一歩一歩をオペラオーは歓迎していた。


二つの命が、一つの魂となる。

未知の速度で中山を駆けていく。


そして、その未知はキュルテにとっても同様だった。


「なっ、なぜ宇宙皇帝に並べる!?

 ここまで付いてきた馬は初めてだ!

 ……和田野とテイサスオペラオー!!」


ここまで幾度となく驚きを浴びてきたキュルテ。

しかし、このラストで抱いた感情は戦慄に近いものになっていた。


時速100キロを超える世界。


横を見れば、体が光の粒子となって黄金に輝く覇王と

血走った目で睨みつけてくる和田野の姿。

その眼光はキュルテの心に深く突き刺さる。


「よかろう!!これこそが競馬だ!!

 最強の挑戦者よ!宇宙一を決める時だ!!」


「関係ねええええええ!!」


ただ勝利を目指す、

相手が宇宙一など和田野にとって何の関係もなかった。


「宇宙一?それがどうした!!

 オペラオーは相手が強ければ強いほど燃えるんだよ!

 俺達は戦ってきた!ドトウや数えきれない強敵たち!!

 俺が乗っているのは……宇宙最高の『覇王』だぁぁぁぁぁぁぁ!!」


残り150メートル。


覇王と宇宙皇帝。

互いに一歩も譲らないデッドヒート。

だが、そのあまりに激しすぎる負荷が限界に近づきつつあった。


(……オペラオー?)


和田野は違和感を覚えた。

あれほど滾っていたオペラオーの体温が今は感じられない。


鞍の下をみると――透けていた。


前に向き直すと、首筋も透けて、

流れる芝生が見えている。


「……まさか」


遠くでレースを見つめるシャケとスズカも異変に気付く。


「……オペラオーの体が透けている」


「召喚権で呼ばれたという特殊な存在、テイサスオペラオー。

 ……恐らく」


「……そうか、燃やしているんだな。

 オペラオーは今、レース後に少しの間でも残る

 自分の『存在』そのものを燃料にして走っている」


「……そうとしか考えられません」


命の前借り。

消滅と引き換えの超加速。

それでも、覇王はどこか笑ってみえた。


そして、残り100メートル。


和田野の手綱から重さが徐々に消えていく。


速度は落ちていない。むしろ加速している。

なのに、手応えだけが砂のように崩れつつある。


(……そうか、本当に全てを賭けているんだなオペラオー)


自分の命を薪にして、最後の爆発を生み出すオペラオー。


ゴール板が見える。


だが、そこへ辿り着く前に覇王は燃え尽きようとしていた。


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