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第30話 俺に構わず逃げてくれ


有馬記念。


それは、日本競馬界における「一年の総決算」であり、

最大のお祭り。


他のレースと決定的に違うのは、

出走馬の多くをファンの人気投票で決めるという点にある。


実力だけでなく愛された馬たちが集い、

2500メートルの長丁場を駆け抜ける。


そして、舞台となる中山競馬場2500メートルは

非常に特殊なコース。


スタート地点は第3コーナーの入り口付近で

そこから起伏の激しいコースを「一周半」走ることになり、

観客の前を2度通過する。


ここで巻き起こる大歓声が

有馬記念の熱狂を更に加速させていく。


毎年、中山競馬場に押し寄せる観客たちは

単に勝ち馬を探しているのではない。


自分たちの『夢』を見届けているのだ。


しかし、第68回となる今年の有馬記念は

その意味を大きく変えていた。


地球の存続を賭けた、一大決戦。

地球vs宇宙。


『中山競馬場では、地鳴りのような歓声が渦巻いています!』


その実況と共に

毎年流れる伝統のファンファーレが響き渡っていく。


対策本部が用意した特設エリア。

その場でシャケとスズカは

静かにゲートインを見守っていた。


「シャケ、言うまでもありませんが、

 レース開始直後の数秒でギャラクシーエンペラーが飛び出せば

 そこで、このレースと地球は終わってしまいます」


「……だろうな。二度と誰も追いつけない」


時速100kmを超えるという、その脚力。

陸上競技のようにタイムを競うその一点なら

最初から勝ち目はない。


だが、今から行われるのは競馬。

スピードだけの勝負ではない。


スタミナ管理、騎手と馬の絆。

走るコース、位置取り。


様々な要因が、結果に左右していく。


その紛れが地球を勝利へと導く。

シャケはそう信じることしか出来ないでいた。


遠くに映る、全20頭が

間もなくゲートに入っていく。


「……皆さん、頼みます」



――前代未聞の有馬記念が始まる。



『――ゲートが開いた!各馬、綺麗なスタート!

 注目の先頭争いは……やはりこの馬だ!』


スタートと同時に前へ飛び出したのは

青い仮面、ブリンカーがトレードマークの

爆走馬、トリプルターボ。


どのレースでも最初から全力ダッシュ。

常に先頭を駆けるその姿は

多くのファンに愛されている。


『行った!トリプルターボだ!

 有馬記念でも変わらないぞ、大逃げ炸裂なるか!?

 おおっと、外からもう一頭迫っている!

 ハロン星の先兵、スターライトダッシュだ!!

 スタート直後の異常な先頭争いが始まっている!!』


ターボが青い弾丸となって駆けていくが

宇宙の馬、スターライトも負けじと一歩も引かない。


最初のカーブ、第3コーナーに入る前から、

死に物狂いのデッドヒート。


その光景にスズカが驚愕の声を上げていく。


「……信じられません。

 最初から全力で走っています……。

 しかし、ターボがいる限り

 ギャラクシーは加速できません!」


「逆に、ターボが先頭を獲られたら?」


「……それは」


宇宙最強馬ギャラクシーエンペラーが誇る最大速度。


それは、前方に障害物がない状態で

自ら空気の流れを固定し、真空の壁を作ることで発動する。


もし、この序盤の争いで宇宙の馬が単独先頭に立てば、

背後に控えるギャラクシーのために

「最短・最速の無風ルート」を作り出してしまう。


「ターボが先頭を譲った瞬間、

 ギャラクシーが全員を置き去りにする。

 ……有馬記念と地球が終わるってことだな」


シャケの言葉に、スズカは小さく答える。


「……そうなります……そして、それは合法です」


ターボはただ逃げているのではない。

地球を救うため、たった一枚の防波堤として走っていた。




◆ ◆ ◆



――有馬記念、三日前。


シャケの会見が始まる直前、

レースに出走する全ての騎手と

シャケ、スズカ、鳥越、対策本部の人間が集まっていた。


騎手たちはキャリアでいえば

ベテランから若手まで幅広いが、

有馬記念に出走できるほどの腕利きばかりだ。


鳥越を始めとする、対策本部のスタッフは

「どうやって宇宙最強馬を封じ込めるか」という戦術を

全力で練ろうとしていた。


だが、案内人三好鮭は

彼らの予想を覆す言葉を口にする。


「……皆さん、お願いは一つだけです。

 全員いつも通り、勝つことだけを考えて

 走ってください」


対策本部が動揺に包まれる中、

一人の若手騎手が困惑気味に手を挙げる。


「三好さん、宇宙馬をブロックしなくて

 いいんですか?」


「一頭をブロックしても、

 他の二頭がゴールへ向かうだけです。

 ……それに」


シャケが口籠ると

隣に座る武井が変わりにとでも言うように呟く。


「……悔しいよ。

 あの子たちの晴れ舞台、有馬記念。

 その主役を宇宙最強ごときに獲られるなんて」


「競馬ファンもみんな悔しいと思います。

 俺だってそうなんです。

 それに……地球の競馬をすれば

 恐らく、ラストスパートまでギャラクシーは

 最大加速を発揮できないと思います」


「……そうだね。その子のレース映像は観たよ。

 前方に馬が一頭でもいると全力を出せていない」


武井がシャケに同感すると

二人はトリプルターボに乗る騎手

中谷へと視線を送る。


「となると俺とターボが序盤の鍵ってことですね」


短髪の好青年、中谷はどこか嬉しそうに答えた。


「な~に、いつも通り全力で行くだけですよ。

 ゴールまで持てば俺達の勝ち、

 力尽けばそこで終わり。

 俺もターボもやることは変わりません」


ターボだけではない、

全ての馬が勝ちを目指す先にこそ、地球の勝利がある。

シャケは無意識にそれを感じていた。


30点の男が提示した、その『熱』は

この場に揃った騎手たちに伝染していく。


気づけば、騎手全員が不敵に笑っていた。



◆ ◆ ◆



『最初のカーブ、第3コーナーを回ってスタンド前へ!

 依然としてトリプルターボが僅差のリード!

 しかし、追うスターライトダッシュは一歩も引く気ないぞ!』


ターボの視界の端で、

銀色の尾を引くスターライトダッシュが

不気味なほど滑らかに食い下がる。


機械のように精密なピッチで芝を蹴る宇宙馬に対して、

ターボの走りは泥臭く、必死だ。


宇宙馬が放つ独特の電磁波のような熱気が

ターボの鼻を衝く。


騎手の中谷はターボに同調したかのように

手綱を一切緩めない。


「宇宙の果てまで一緒に逃げようか、ターボ」


ターボの走りは止まらない。

地球の運命が掛かっているからではない。

彼にとってはいつものこと。


しかし、その大逃げこそが

地球を救う一手となっていた。


――中山を駆ける全20頭。


火花を散らす先頭争いの後方では

虎視眈々と進路を伺うギャラクシーエンペラーと

その真横にピタリと張り付く黄金の馬体

テイサスオペラオーが中団で息を潜めていた。


ターボが先頭を死守しているおかげで

ギャラクシーの圧倒的蹂躙劇を回避している。


先頭争いを見守る、地球の騎手全員が

それを理解していた。


『さあ、第3コーナーを抜け

 まもなく二回目のカーブ、第4コーナーに差し掛かります!

 依然として先頭はトリプルターボ!

 しかしスターライトダッシュもほぼ真横で並んでいる!

 まさに一騎打ち!』


ターボの馬体が激しく上下に揺れる。

それは、限界へと近づいていくサイン。


だが、大逃げに関してだけは負けるわけにはいかないという

馬と騎手の誇りが彼らを駆り立てる。


その姿にスタンドの観客から

応援の声が拡がっていく。


そこには一枚の横断幕が掲げられていた。


『俺に構わず逃げてくれ トリプルターボ』


俺とは観客のことなのだろうか?

俺とはトリプルターボのことなのだろうか?


日本語としては、少し歪なその言葉。

しかし、トリプルターボを示すには

これ以上なく、似合っていた。



二頭の戦いは2回目のカーブ、第4コーナーへ。

青い爆走馬と、宇宙からの刺客。


地球と宇宙の「有馬記念」

その一章は、大逃げ対決となっていた。


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