第3話 宇宙人、ラーメンに敗北する
宇宙最高AI エレンが導き出した“地球案内人”――三好鮭。
スズカはその名を胸に刻み、出会い、宣告し、
翌日から、彼の行動を密かに観察していた。
(……本当に、この人が……?
でも、エレンが選んだのなら……
私の無茶な宣言を現実に変えられるのは、彼しかいない)
「なあ、シャケ。窓ばっか見てるけど、何かいるのか?」
隣のデスクにいる同僚が心配そうに声をかけてきた。
特徴のある名前だから、仲のいい連中はみんな俺のことを下の名前で呼んでくる。
子供のころは嫌だったが、営業職となった俺にはありがたい。
「ああ、ちょっとな」
窓の外を見ると、
昨日出会った宇宙人、スズカが電柱の横でこちらをずっと見ている。
(……これは怖い)
「ところでさあ、WBC決勝のチケット持ってない?」
「いや、持ってるわけないだろ?」
「そうだよなあ」
チケットは当然のように完売、
手当たり次第、友人に聞いてみたが、
それでもチケットを持っている人物はいなかった。
あの飛行物……いや、宇宙船をみた以上、
全力で動かないといけないような気がしているが
こればかりはどうしようもない。
メールも電話も、海外球団所属の大空流星には連絡がつかなかった。
SNSのDMは既読すらつかない。
球団の窓口には「ファンレターはこちらです」と案内された。
そりゃそうだ、地球の危機なんて信じようがないし、
彼みたいな大物選手に簡単に連絡がつくわけがない。
やはり、遠めでもいいから彼に直接会って伝えるしかない……。
悩んでいると気づけば、昼休憩の時間になっている。
俺は、いつも通り外食に出ることにした。
「……三好鮭、時間がないですよ」
「馴れ馴れしいなあ、まあいいけど」
女性に普段、縁がない俺はどうしても照れてしまう。
「なあ、普通こういう役目ってもっと重要な人、
総理大臣とか大統領とかなんじゃないの?
それか最初から大空流星のところに行けばよかったじゃん」
「宇宙最高のAIが答えた結果です。貴方以外にいません。
それに私言いましたよね。野球は第一戦だと」
「……」
聞き逃していませんよ、と
昨日この女は確かに第一戦 “は” 野球と言っていた。
野球で勝っても、他の競技でまた〇〇星人がやってくるわけだ。
そして、何故か“知っているだけ”の俺がその人物を用意しないといけないと……。
ただ、その前に……。
「腹が減った」
「三好鮭、あなたは腹が減ったと言いましたが
それは生命維持の危機ですか?」
「違うよ、普通にお腹が空いただけ」
「なるほど……地球人はすぐにエネルギー不足になるのですね」
いや、そんな弱い生き物みたいに言うなよ。
宇宙人特有のボケにしては、辛口だなと思いながら、俺は指さした。
「ほら、あそこ。ラーメン屋。
地球文化の神髄、まずはラーメンを食べよう」
スズカは看板を凝視する。
「……“濃厚豚骨ラーメン銀龍”……これは合法?」
ガラガラッ。
店に入った瞬間、
湯気と豚骨の香りがぶわっと押し寄せた。
スズカは一歩後ずさる。
「……これは……攻撃ですか?」
「違うよ。匂いだよ。食欲を刺激するやつ」
「匂い……?
地球文化は、嗅覚を使って戦うのですか?」
「戦わないよ」
苦笑いを浮かべていると店主が声をかけてきた。
「へいらっしゃい! お二人さん、何にする?」
スズカは真剣な顔で言った。
「地球最強の料理をください」
「……は?」
「すみません、豚骨ラーメンを二つお願いします」
わかった。
どうやらこの女は天然だ。
完全に宇宙人ボケしているらしい。
ドンッ。
湯気を立てるラーメンが目の前に置かれた。
スズカはじっと見つめる。
「……これは……液体ですか? 固体ですか?」
「食べ物だよ」
「分類不能……競技は理解していたつもりでしたが……地球文化は奥深い……」
箸を渡すと、スズカはそれを凝視した。
「これは……武器?」
「違うよ。食べるための道具だよ」
「……二刀流……?」
「違うよ!」
スズカは恐る恐る麺を持ち上げた。
綺麗な銀髪がスープに若干浸かっているが
それに構わず、口に運ぶ。
ずるっ。
スズカの瞳が一瞬で見開かれた。
「……っ……!」
「どう?」
「……これは……宇宙の真理……!」
「そんな大げさな……」
「三好鮭……
地球文化……恐るべし……!……これは合法です!!」
……ラーメンで文明開化してる
「ご主人!
この“ラーメン”という文化……
宇宙に輸出すべきです!」
「え、えぇ……?」
「宇宙議会に提案します!
地球を滅ぼすべきではありません!
なぜなら——」
スズカは箸を掲げた。
「ラーメンがあるからです!」
「理由が軽い!!」
「なんかありがとう!!」
幸せな空間がそこにはあった。
◆ ◆ ◆
店を出たあと、スズカは名残惜しそうにお店へ振り返った。
「……終わってしまったのですね。
地球の文化は、終わりが早い……」
「ラーメンの話?」
「終わりって、なんだか……少し寂しいです」
「……まあ、うまかったしな」
「……はい」
寂しそうに返事をすると
小さく息を吸って、何かを振り払うように俺へと向き直ってきた。
「三好鮭、改めて私は決めました」
「何を?」
「地球文化を守ります!ラーメンのために!」
「動機が食べ物ですか」
スズカは真剣な眼差しで続ける
「あなたは案内人。
次は……餃子を案内してください」
「食べ歩きツアーかよ」
その時、スマホに“ある通知”が届いた。
――大空流星、来日。
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