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第28話 案内人の正義 と 果たされなかった約束


カメラのフラッシュが

俺の網膜を焼き尽くすように連続する。


宇宙人対策本部の特設会見場。


そこは、有馬記念を次の日に控え

熱狂と狂気が混ざり合う場へと姿を変えていた。


国内外から詰めかけた数百人の記者たちが溢れている。


この人数の体温で、冬場だというのに

会場の熱気でじっとりと汗が流れていく。


「三好さん!召喚する馬を教えてください!」


さっきからコレばかりだ。


最初は、野球・格闘ゲームでの戦いを語らされた。


その話で記者たちは感嘆の声を上げたが、

目は、明日の勝負に対する疑惑に包まれていた。


鳥越さんから、もう抑えきれないと言われ

仕方なく開かれたこの会見。心底疲れる。


「……答えることはできません」


何度目だろうか、俺は目を伏せつつ

こう告げることしか出来ない。


「国民、いや全人類には知る権利がある!

 地球の運命を託す一頭を、なぜ隠し通す必要があるのですか!」


非難。怒号。テーブルを叩く音。


何十台にも渡るカメラが俺を狙っている。


横に座る鳥越さんが鋭い視線で記者を制止しようとするが、

一度『正義』をかざした報道陣は止まらない。


彼らにとっての正義は情報の提供であって

俺の沈黙は無責任な隠蔽に映るのだろう。


はは、まるで悪徳政治家みたいだ。


鳥越さんとは反対側、左隣に座るスズカは

いつも以上に冷たい視線を記者たちへ送っている。


俺はゆっくりと、マイクを口元に近づけた。


流星さんと諸星さんから渡されたバトン。


それは形だけのものではない、

二人の魂が込められている。


俺には俺だけの役目がある。

だから――。


「……教えない」


会場が静まり返る。

俺の声、その残響だけが拡がっていく。


「アナタたちは、地球が滅んでもいいのですか?」


先ほどまでの抗う記者たちの叫びが嘘のように

誰も音を発しない。


「ここでその馬を発表すれば、

 対戦相手のハロン星人は過去全レースの

 ラップタイム、長所短所、心拍数まで解析してくるでしょう」


数百にも及ぶ記者たちの声だけでなく

今度は動きそのものまで停止し、俺の瞳を覗いてくる。


「その一つ一つが敗北に繋がっていく」


「しかし……」


最前列で俺を睨みつけていた記者が

口を開こうとしたが、俺はそれを遮って続ける。


「私の……俺の仕事は地球側を勝たせるため

 最高の状態で、地球最強を案内することだ。

 その一つを守る為なら、

 俺は世界中から罵られたって構わない。

 不利になる情報を欠片すら、宇宙側へ渡さない。

 ……この唯一のアドバンテージだけは死んでも譲らない!」


これが凡人である俺の出来る、たった一つの正義。


右では、鳥越さんが澄んだ瞳で頷いている。


左では、スズカが前を見据えたまま

マイクに乗らないように呟いてきた。


「シャケ、案内人が板についてきましたね」


横顔で告げるその口元は、

若干の微笑みを含んでいた。



◆ ◆ ◆



対策本部が喧噪に包まれているその頃。


北の大地、北海道では

深々と降り積もる雪が静けさを演出していた。


男が一人。

名は和田野わだの りゅう

現役の騎手だ。


綺麗に整った少し長めの髪。

彫りの深いその顔には薄くシワが走っているが

俳優のように只ならぬ空気を纏っている。


男が一歩進むたびに、雪を踏みしめる音だけが響いていく。


訪れたのは、とある牧場。


そこには一頭の老いた馬が

白い息を吐きながら、のんびりと佇んでいた。


「……ドトウ」


和田野がその名を呼ぶと

老馬――メイトウドトウは、ゆっくりとこちらへ振り向いた。


かつて、このドトウと『あの馬』は幾度も争った。

それも国内最上級、数々のG1レースで。



天皇賞(春)、ジャパンカップ、宝塚記念

そして……有馬記念。



『あの馬』が無敗全勝で駆け抜けた年

常に2着にはドトウという名馬がいた。


届きそうで届かない、黄金の背中。

一年間、一度も王座を譲らなかった覇王の陰で

最も近く、最も長くその強さを味わった宿命のライバル。


あれから、数十年が経ち

『あの馬』がこの世を去った後も

彼は静かに生き続けている。


ドトウは、懐かしそうに鼻を鳴らして

和田野へと近寄っていく。

その優しい瞳は、まるで全てを悟っているかのようだった。


「ドトウ……彼が来るんだ。

 もう一度だけ、この世界に」


和田野は、温かな鼻先に手を添えた。

指先から伝わる、生命の鼓動。


「君にも報告しておきたかったんだ」


ドトウはその言葉を聞くと

ありがとうとお礼を言うかのように

和田野の胸元へと頭を捻じ込んだ。


「……そうか、お前も楽しみか。

 彼の勇姿を伝えにまた来るよ」


それだけ告げると

和田野はドトウに一礼し、牧場の奥へと向かった。


そこにあるのは小さな墓標。


かつて日本中を黄金色に染め上げた

「覇王」が眠っている。


墓前に膝をつくと、

和田野はしばらくの間、黙祷を捧げた。


召喚、それは奇跡だが

同時に残酷な儀式でもある。


再び戦場へ送り込み、レースが終われば消えてしまう。


「……勝手なことをして怒るかな、オペラオー」


墓標に刻まれた、その名前は


『テイサスオペラオー』


和田野と共に駆けた覇王であり

三好鮭が召喚する、宇宙一へ挑戦する馬。


「いや、怒らずに笑いそうだ。

 それに……俺は君にもう一度会いたい」


和田野の脳裏に、あの日の中山競馬場が蘇る。

有馬記念を制した、あのレース。


最終コーナー

四方を囲まれ、絶体絶命の包囲網。


見ている観客だけでなく

騎乗していた和田野さえ、諦めかけたそのとき


オペラオーだけが前を向き、

力づくで包囲網をこじ開け、執念で一着をもぎ取った。


……だが、ゴールした後

オペラオーの足元はボロボロになっていた。


嬉しさよりも、

情けなさで和田野はゴーグルを外せなかった。


その時に彼は誓った。

「オペラオーに相応しい騎手になろう」と。


オペラオーが引退するまでに獲得した様々なG1の勲章。


それは奪い取ったものではなく

与えられたものだと和田野は認識していた。


だからこそ、オペラオーの引退後

和田野は彼に会わなかった。


「君以外でG1を獲ったら会いにくる予定だったんだ……」


相応しい男になれたと結果を出した時

会いに来る予定……約束だった。


しかし、それは間に合わなかった。


和田野がG1を獲れたのは

オペラオーが死去してから一か月後だった。


「オペラオーが後押ししてくれた気がします」


その勝利者インタビューは

彼とオペラオーの物語を現していた。


間に合わなかった、あの願い。


それを胸に秘め、和田野はその後、

競馬界を引っ張り活躍を続けていた。


「……今の俺なら、君の鞍上で胸を張れる気がする。

 ……一緒に夢の続きをみてほしい」


墓標は答えない。


添えられた花だけが雪と一緒に舞っている。


東京の喧噪も、宇宙一の脅威も

今の彼には関係なかった。


あるのは、ただ一人と一頭の

果たされなかった約束だけ。


――決戦は明日、日曜日


雪の影響で帰宅できない可能性があり、来週まで不定期更新(20時過ぎ)となります

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