第27話 宇宙人、クリスマスに敗北する
「……三好鮭、何ですかコレは!」
有馬記念を三日後に控えた12月25日の夜。
そう、クリスマス。
街中の至る所で、赤と白が溢れている。
凍てつくような寒さの駅前広場、
その一角のベンチで
スズカが周りを見渡しながら叫んでいた。
「コレって何のことだよ?」
「街の様子が異常です」
「まあ、クリスマスだからなあ」
「クリスマス?……特定の宗教指導者の生誕を祝う日ですよね?
何故、こんなにも皆、笑っているのですか?
何故、街がこのようにライトアップされているのですか?
何故、不審な老人像の前に人が並んでいるのですか?」
スズカが指差す先には、
赤が輝くサンタクロースの恰好をした
某フライドチキンチェーンのカーネル像。
そして、その横では寒さに震えながら
人々が列を作っている。
「……あれはチキンを買う為に並んでるんだよ。
日本じゃチキンとケーキを食べて浮かれるのが大正義なんだ。
あと、恋人や子供にプレゼントを贈ったりもするぞ」
「……理解できません。非合理です」
今回ばかりはスズカの思いも若干、理解できる。
だが、スズカの瞳は
街を彩る数千個のイルミネーションの光を
吸い込まれるように見つめていた。
否定の言葉とは裏腹に、
キラキラと光り輝く明かりから、目を離せないでいる。
「いいから食えよ、ほらチキン」
俺はコンビニで買っておいたチキンをスズカへ差し出した。
クリスマス特有、買え買え感満載のあのチキンだ。
スズカはそれを、恐る恐る手に取った。
「……チキン、温かい」
両手で掴む手と口元からは
白い息が、零れては消えていく。
「ほれ、かぶりつけ。冷めないうちにな」
スズカは覚悟を決めたように目をつぶり
チキンに喰らい付いた。
「……ッ!」
一口食べた瞬間、スズカの体がビクンと跳ねた。
それを見て、俺はニヤケが止まらない。
「こ、これは……脂の濁流。
カリッとした衣から溢れ出す暴力的なまでの脂と
肉そのものの柔らかさ……そしてこの過剰なまでの塩分」
相変わらずコイツの食リポ、かなり独創的だよな。
「これがチキン……これがクリスマス……合法です」
まあ、今食べているのは
いつでも食えるんだけどな……。
スズカは唇を脂まみれにしながら
すぐに食べ終えると
とびっきりの笑顔で予想通りに聞いてくる。
「三好鮭……もう1つください!」
「ふっふっふ、クリスマスを舐めてるな~スズカ」
目を丸くして俺を見てくる
まるでハテナマークが頭上に浮かんでいるようだ。
「次はコレだ!デザートのショートケーキ。
こいつもクリスマスの一環だ!」
俺が箱から乱暴に取り出し、差し渡したのは、
真っ白な生クリームにイチゴが乗った、至って普通のクリスマスケーキ。
これまたコンビニで購入したものだ。
「……赤と白。
地球人は何故こうもこの配色に拘るのですか?
何かの警戒色ですか?」
「そう危ない方に持っていくな。
日本では、めでたいとき、何故かこの色合いになることが多いんだよ。
ほら、華やかだろ」
クリスマスだからかな
今日は強くツッコめない……。
スズカはフォークを受け取り
イチゴと生クリーム、スポンジ生地を同時に掬い上げる。
ゆっくりと口に持っていくと
トロンと溶けたようにスズカの目尻が下がる。
「……美味しい」
普通、その言葉だよな。
初めて「美味しい」の一言を聞いた気がする。
「舌の上で広がる、脳が痺れるような甘み。
飲み込むのが勿体ないほどの、この感覚。
……体中が喜んでいます」
スズカはケーキを頬張りながら
満足気にリズムよく体を揺らしている。
なんか、コンビニじゃなくて
ちゃんといいお店で買ってきた方が良かった気がする……。
じっくりと味わい、
腹を満たしたスズカと俺は立ち上がった。
今日に限っては、
ベンチを占有するのも申し訳ない。
俺達は気づけば
巨大なクリスマスツリーの前まで進んでいた。
賑やかな人混み。
恋人たちの囁き。
子供たちの歓声。
複数で盛り上がる笑い声。
その光景を、彼女は先ほどまでの『食いしん坊』な顔とは違う
どこか寂しそうな表情で眺めている。
「……綺麗ですね」
消えそうな声でスズカが呟いた。
「この光も、明日には消えてしまうのでしょう?」
「……そうだな」
「明日の朝には何もなかったように片付けられる。
一度きりの命のように消えてしまうからこそ、
こんなに必死に、この夜を輝かせようとするのですか?」
「う~ん、そこまで深いものじゃないけど
みんなが全力でクリスマスを楽しみたいっていう
その想いがこの輝きなんじゃないかな?」
彼女が言いたいことは分かる。
三日後、俺たちが呼び出す『馬』もまた
このイルミネーションと同じだと。
一瞬の輝きを放ち、そして二度と戻らない場所へと消えていく。
今の俺は、その『死』に答えることが出来ない。
「それにさ……もし、この光たちに意志があったら
全力で輝いている今を楽しんでほしいんじゃないかな?」
「……そうかも知れませんね」
それだけ囁くと、何かを振りほどいたように、
スズカが俺の瞳を覗いてくる。
距離が近い。
顔が赤くならないよう、俺は冷静に鼻呼吸を意識した。
「……三好鮭」
「なんだよ」
「そろそろ、この呼び方に疲れてきました。
エレンの計算によれば、
親密なパートナー間では省略形を用いることで
コミュニケーションの効率が36%向上するそうです」
「親密なパートナー??それは……その……」
「???そうでしょう、私と貴方
ともに地球を救うという使命があります」
「あ、そうですね」
「期待していますよ、『シャケ』」
――不意を突かれた。
自分の瞳孔が、強く弾けるように開いていくのを感じる。
省略形ってそういうことか……。
光り輝くクリスマスツリーをバックに
スズカの髪が煌めく星屑のように舞う。
そして白い肌に、
空から流れ着いた小さな氷の結晶が重なっていく。
「……雪か
最後のクリスマスにならないように、頑張らないとな」
「その通りです、私は正月に興味があります」
コイツ……多分、餅を楽しみにしてるな。
「シャケ……私を正月に案内してください」
「はいはい、任されましたよ」
ホワイトクリスマスは
シャケとスズカ、二人を静かに見守っていた。




