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第24話 恋しさと せつなさと 心強さと


シャケが何度も見返した試合がある。

シャインが子供の頃に憧れた試合がある。

地球上のゲーマーが、人生で一度は観たことがある試合がある。


――伝説の逆転劇、デタラメな逆転劇


それは、およそ20年前

格闘ゲームという文化そのものが

衰退へ向かっていた時期に刻まれた伝説。


SF3の世界大会決勝。


諸星は現在でも使用しているキャラ、リュウガと共に

最終ラウンド、文字通り死の淵に立っていた。


体力ゲージは消失し、

残されているのは1ドットの色ですらない。

必殺技をガードした瞬間に負けが決まる状態。


それを確認すると

対戦相手の「チュンリン」が決めに掛かった。


超必殺技のカットインが走り、画面が静止する。

「鳳凰脚」

数秒間に及ぶ、絶え間なき16発の蹴りの連撃。


ガードをすれば敗北が決定する。

逃げる隙間など、存在しない。

残された唯一の道はSF3独自のシステム

「ブロッキング」


相手の攻撃が当たる直前の1フレーム、0.017秒に

レバーを「前」へ倒すという、狂気じみた防御方法だけだった。


1発目の重い音が会場に響く。

――ガッ。


リュウガの体が光り、攻撃を弾く。ブロッキング成功。

諸星の指先は、1フレームの狂いもなくレバーを前に弾いていた。


ガガガガッ!

続いていく、四連撃の蹴り。

レバーを前へ、1フレームを4回、寸分違えず合わせていく。

最初の一撃目から合わせて、ブロッキング5回成功。


会場の空気が一変する。


一人、また一人と観客が立ち上がる。


さらに続く、連撃。

諸星は、まるで時間が止まったかのように

すべての衝撃を無へと帰していく。


そして、チュンリンの鳳凰脚は空中へ舞い

最後の一撃を放つ。


諸星は待たなかった。


彼はリュウガを跳ばせ、空中で更にブロッキングを重ねる。


1フレームの違いで敗北が決定する中で狂気の行動、

だが、その動きこそが最大の反撃を叩きこむ為の

最後のブロッキングだった。


超必殺技後の硬直を

リュウガの右拳が、昇竜撃が、

そして、リュウガの超必殺技「疾風雷鳴脚」が炸裂した。


対戦相手のチュンリンが吹き飛ばされ

画面にはK.Oの二文字。


会場はもはや歓声ではなく、

地鳴りのような咆哮に包まれていた。


その試合はリアルタイムだけでなく

動画として残り、過去から現在まで様々な人間の心に残る。


――この試合以降、

衰退を辿っていた格闘ゲームの歴史が再び動き出す。


諸星大は、その歴史を作った男として

日本人初のプロゲーマーになり、

その功績は格闘ゲームだけでなく、全てのゲームに繋がっていく。


後に続く、シャインら若手プロたちは

諸星の背中を追い、そしていつしか彼を追い越していった。


彼らは初めて諸星に勝った時、「伝説を超えた」と歓喜した。

だが、その後に残ったのは得体の知れない空白感。


自分たちは「強い」プレイヤーだ。

だが、諸星大はもはや「格闘ゲーム」という概念そのものになっていた。


憧れて、追い越して、でも気づけばその背中を見つめている。

言葉に出来ないその想いは不思議と嫌ではなかった……。


それは一種の「いとしさ」だったのかも知れない。


諸星はどれだけ負け続けても、引退を囁かれても

レバーを離さなかった。


それは、自分が「伝説」という名の看板を背負い続けることで

格闘ゲームの歴史を止めない、

孤独であまりにも心強い誇りだった。




◆ ◆ ◆





『ファイナルラウンド……ファイト!!』


その瞬間、秋葉原の音が消失した。


クリムゾンの脳内を駆け巡る「予知音」は

もはや悲鳴に近い高周波となって周囲の電子機器を破壊していく。


対する諸星の握るレバーからは

泥臭く乾いた微音のみ。


諸星が動く。

開幕の牽制「波動撃」


だが、クリムゾンの眼には

波動撃を放つ姿が残像として

1秒前から鮮明に視えていた。


「視える!全部視えてるのよ!!」


クリムゾンの瞳が更に紫を深くしていく。

画面の中の「サイコ」が重力を無視して跳躍する。


1フレーム確認してからの行動ではなく、

諸星が波動撃の入力を終えたと同時の反応。


リュウガの波動撃は空を切り、その硬直が狙われた。


サイコのもっとも重いジャンプ強キックを叩きこまれる。

紫のオーラを纏った軍靴が

リュウガの鎖骨を砕くような音を立ててダメージを与える。


「伝説のお終いよ!!」


着地と同時に、クリムゾンの指先がアケコンの上で舞う。


体勢を崩したリュウガに、立ち強パンチ。

重い衝撃が胸元を抉り取る。


直後に「サイコパワー」の種火が体内へと植え付けられてしまう。

リュウガの体内から紫の爆炎が弾け、空中に浮きあがる。


サイコの最強コンボは止まらない。


空中に運ばれたリュウガを逃さず、

禍々しい紫の炎を全身に纏い、弾丸と化したサイコが、

無防備なリュウガの肉体を貫通していく。


その威力と判定の強さは

まさに現環境「最強」に相応しい理不尽な暴力。


「ハハハハハッ!!!」


そして、仕上げの瞬間が訪れる。

画面下に溜まっていた3本のゲージが全て燃え上がり

カットインが走る。


「ひれ伏せ!地球と一緒に歴史のチリになるのよ!!」


全てのゲージを使用した超必殺技「アンリミテッドクラッシャー」


サイコがリュウガの首を掴み

そのまま、成層圏を突き抜けるような勢いで上昇する。


空中で膨れ上がった極大のサイコパワーが

リュウガを逃さぬ檻となって凝縮され

巨大な紫の髑髏が夜空に浮かぶほどの爆発となる。


諸星の操るリュウガは、地上へと叩きつけられ

その体力ゲージは3割ほどとなっていた。


クリムゾンは確信する。

次の追撃で全てが終わる。


倒れ込んだリュウガの起き上がりに合わせて

最後の一撃を放つべく踏み込んだ。


だが、

彼女の眼に映る「確定した未来」が

突如としてノイズに呑まれていく。


(は?何これ?……嘘でしょ?)


視界に映る諸星の残像が2つに割れた。

いや、3つ、4つ。


それはバグを起こした映像のように増殖し

クリムゾンの脳を焼き尽くすほどの情報量となって押し寄せる。


――諸星の脳は今、何も考えていなかった。

戦術、読み合い、期待値。


その「思考」という言葉は

30年の反復の果てに、全て指先へと集まっていた。


脳を経由せずに、指が勝手に動く。


宇宙で最もSFシリーズをやり込み。

1フレームの重さを指先に刻んできた人間のみ到達できる領域。


『無意識の選択』


物理的、科学的にはありえない。

だが、その諸星の動きは「不確定な未来」を作り出す。


予知が機能しない。


宇宙の猛者たちは常に「正解」を選び続ける。

しかし、この男は全てを「正解」に捻じ曲げてくる。


無限の可能性と無意識の選択。


この二つが、予知の残像そのものを増殖させていく。


「……伝説を……俺らの格ゲーを舐めんなや」


一瞬の隙、諸星のリュウガが地面を蹴った。


クリムゾンの動揺を逃さない、

歴史を凝縮したリュウガ最大のコンボが咆哮する。


諸星の指先から奏でるレバー音が

全人類に、秋葉原に響き渡る。


「予知ってなんや!?

 格ゲーマーはな、それを『読み合い』っていうんじゃ!!」


コンボの最後にはクリムゾンと同じく、

ゲージを全て吐き切る3ゲージ超必殺技が炸裂する。


サイコの体力も一気に消し飛び

勝負は、完全にミリ単位の五分へと戻された。




「……ありえません、あの子の予知は本物です」


ステージ横では、スズカが驚愕の表情をみせていた。

その隣でシャケも続ける。


「理屈は分からないけど、宇宙人には通じても

 諸星さんには通用しないってことなんじゃ……」


・予知<モロボシwww

・モロボシィィィィィィ!!!!

・勝ってくれ諸星!!

・そんなゲームじゃねえから、コレww

・俺らもついてるぞ!

・俺らが観てきた時間も乗せていけ!!


「それにホラ、あの子も笑ってる」



もはや、どちらが宇宙最強かなど、どうでもよかった。

クリムゾンは鼻から垂れる血を拭うことも忘れ

歓喜に震えて叫び出す。


「あははは!おじちゃん、最高よ!

これよ、これが私の見たかった本物の……『SF』よ!!」


諸星の意識もまた、極限の『ゾーン』を超えていた。

もはや実況の声も、数万人の絶叫も聞こえない。


聞こえるのは、レバーとスイッチの音と

隣に座る少女の激しくも純粋な叫び。


それと……薄っすら流れてくる、あの音楽。

SFシリーズを代表する、あの曲。



「俺が勝つ!!!!」

「私が勝つ!!!!」


お互いの中キックが空中で相打ちになる。

続いて、立ち中パンチが1フレームの狂いもなく相打ちになる。


――強キックが相打ちになる。


『諸星さん!!勝ってください!!』


・モロボシ頼む!!!

・モロボシ!!!

・俺達の諸星が負けるわけねぇぇぇ

・相打ち合戦やべえええええ


シャインと配信コメントが見守る諸星の姿


それは『いとしさ』



――立ち大パンチが相打ちになる。


(……私がSFシリーズの歴史を作るのよ!!!)

(……俺だけじゃなくて、みんなで作ってきたんや!この歴史!!)


過去から続く歴史と、己がなりたい歴史


それは『せつなさ』



――お互いの必殺技が相打ちになる。


「諸星大……ここまでとは」

「宇宙一になれ!!諸星さんッッ!!」


シャケとスズカが胸に刻まれる想い


それは『心強さ』



……全てが同じ衝撃で相殺され、火花だけがステージを照らす。


四発、五発、六発……。


10を超える「相打ち」という名の対話。


格闘ゲームを知らぬ者でさえ、

今、目の前で「魂」を削り合っていることを悟った。


予知も究極の後出しジャンケンも、歴史を背負う拳も関係ない。

ただ、お互い負けたくない。


二人の格ゲーマーの魂が、現実を侵食し

秋葉原を異次元の戦場へと変えていく。


そして、運命の収束点が訪れる。


相打ちの最中、クリムゾンは狂気の中に

冷徹な一筋の勝利を視た。


先ほどまで、お互いの超必殺技ゲージは空だった。

だが先に超必殺技を使ったクリムゾンの方が、

システム上、わずかに早く溜まる。


(……もう少しで1ゲージ溜まる……これさえあれば、削り殺せる!)


お互いの体力は、もはやミリに近い。

ガードをしても、削りダメージで倒れる。

クリムゾンは全神経を研ぎ澄ましていく。


(……溜まった!ここ!!)


ゲージが光り輝いた瞬間、

クリムゾンは勝利のビジョンを視た。


彼女が放とうとするのは、

画面を埋め尽くすほどの紫のオーラで突撃する超必殺技。


予知によれば、諸星はこれを防ぐことも、避けることもできない。

数多の残像が、数秒後の世界で紫に呑まれ、敗北している。

これこそが、彼女の「正解」


クリムゾンが最後のコマンドを入力していく。

予知が告げる「勝利の瞬間」まで、あとコンマ数秒。


だが、その瞬間を格闘ゲームの歴史が『追い越した』。


諸星はクリムゾンの呼吸を……

聞こえてくるレバー音を……そして彼女の魂の叫びを……

30年の歴史をもって察知していた。


クリムゾンがコマンド入力を終える、その1フレーム前。


過去、幾度となく練習を重ねてきた

あの必殺技の入力がクリムゾンより先に完了していた。


「波動撃」の予備動作

その1フレームがクリムゾンの瞳に映る。


予知は確かに技の発動を視ていた。


しかし、その波動撃に乗せられた

諸星のこれまで対戦してきた数万回による「経験」と

億にも届く努力の結晶が

予知の残像を1フレーム狂わせていた。


「……モロボシィィィ!!アンタァァァァ!」


クリムゾンがボタンを押し切ると

画面が一瞬暗転し、超必殺技のカットインが入る。


しかし、暗転の先には

一番嫌なタイミングで、一番嫌な場所に、

そっと置くように放たれた弾が一つ。


蒼く、地味で、美しい、「正解」の波動撃へ

クリムゾンとサイコは向かっていく。


お互いの入力を終えた先に、予知は存在しない。


クリムゾンの胸へ

サイコの胸へ


――蒼い弾が貫いた。



『K.O!!』




爆発的な歓声が、秋葉原を、そして地球を揺らす。


諸星は、熱を持ったアケコンからゆっくりと手を離した。


汗で重くなった前髪を掻き上げ、

彼は隣の席で呆然とするクリムゾンに向かって

悪戯っぽく、少しだけ優しく笑った。


「……な、主人公が勝ったやろ?」


その顔は地球を救った英雄のそれではない。

ゲームで遊び、楽しそうに笑う

ただの格ゲー好きの顔だった。


諸星大


一人の男が30年間、一度もレバーを離さなかった。

ただそれだけが、確定した滅亡を書き換えた。






毎日20時過ぎ更新

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