第18話 1フレームの真実
「……5万円、1か月分の食費超えてるんですけど」
とあるマンション内、ひんやりとした廊下で、
俺、三好鮭はビビっていた。
そりゃそうだ、凡人の5万円はデカすぎる。
扉一枚向こうでは
かつて世界を熱狂させた『伝説』が今もレバーを弾いている。
宇宙人対策本部の鳥越さんに無理を言って
「案内人」の証明として政府公認マークを貰ったまでは良かった。
だけど、この「虹色のスーパーチャット」というやつは、
俺の常識を遥かに超えていた。
金額もだが、この演出なに?
虹色とか初めてみたんですけど?
「三好鮭、派手に行こうか、と開き直ったのは貴方でしょう?」
いや、そうだけど。3000円ぐらいのつもりで……。
隣にいる犯人、スズカは涼しい顔で佇んでいる。
まずはスパチャで、と欲をかいたのが失敗だった。
スズカにスマホを奪われてこんなことになるなんて……。
「私が宇宙最強のスパチャをしてあげましょう
……これが最高額ですか?仕方ありませんね」
なんて残念そうに言ってたが、その結果がこれだ。
「……スズカさん、俺のコメントもなんか凄いことになってんすけど」
フードを深く被った世界王者も、どうやら被害者のようだ。
「折角なのでサービスしておきました」
「……ハッキングとかしてないっすよね?」
「……」
答えないスズカを見ると
シャインは怯えた顔で俺の方を向いてくる。
「……諦めるしかないね」
「怖すぎでしょ……三好さん、俺帰っていいですか?
明日、公式番組の収録とかあるし、嫌な予感がするんすよ」
「いやいや、世界最強の君もいるから説得力が出るんだよ」
世界一の覇気をゼロにしてシャインは嫌がっているが
彼は絶対に必要になる。
流星さんを勧誘した時は、
「宇宙人と戦う理由」だけを説明、理解してもらえば
その野球愛で挑んでくれるとわかっていた。
ただ、今回は地球の危機でも断られる可能性が高い。
それは、今泣きついているシャイン。世界最強がいるから。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
俺は昨晩、深夜に磨き上げた革靴の先を見つめ、
ネクタイを丁寧に締め直す。
案内人として、これ以上ない100点満点の準備をしたつもりだ。
スズカに変な邪魔をされたが、
一応、高額スパチャを投げたわけだから
邪見には、されないはず……。
俺はゆっくりと、ドア横のブザーを鳴らした。
少し待つと、乱暴に扉が開く。
「……あがれや。
その代わり、しょうもない話やったら叩き返すからな」
思ってたより、印象悪いみたい……。
探していた『伝説の男』、諸星大
モニターの逆光を背負って歩くその姿は
巨大な山のように感じる。
それはあの宇宙一となった大空流星と種類は違うが
同格と思わせる背中、そのものだった。
案内されて入った部屋は
防音材が貼られており、
動画配信に特化した部屋だとすぐに気づく。
一目でハイスペックとわかるほどのパソコンに
各種ゲーム機器、マイクとカメラも配信用にしっかりと添えられている。
ただ、格ゲー専用のコントローラー、
通称アケコンだけは色褪せている。
スズカもその光景に感動したのか、
パソコンの周りをうろついている。
「シャイン、えらい渋い顔しとるな。
パーカーの紐、片方ながなっとるぞ」
部屋の片隅で縮こまっているシャインは
まるで叱られた中学生のように言葉を返す。
「勘弁してくださいよ、三好さんに無理やり連れ込まれたんです。
俺の意志じゃないっす」
「ガハハ!世界王者がつまらんこと言うな
……で、案内人さん。俺に何の用や」
諸星の笑みが消え、その瞳が俺を真っ向から射抜いてくる。
「諸星さんに地球代表として戦ってほしいんです!」
「……俺やないやろ」
「いえ、あなたしか勝てない気がします」
「俺もそう思うっす」
俺とシャインの言葉を受け取ると
彼は、どこか悔しそうに天井を見上げた。
「さっき配信で言うた通りや、俺じゃ勝てへん。
あいつ……クリムゾンのリプレイは見た。
アレは人知を超えとる、もはや『予知』や。
チーターが可愛く見えるわ」
それだけ言うと
モニターに映るクリムゾンの無慈悲な「PERFECT」の文字を指差した。
その指先には、
これまでの努力を具現化したように岩みたいなマメが張り付いている。
――ここが一つの分水嶺
俺は覚悟を決めて言葉を紡ぐ。
「俺は格ゲーもプレイしますが、
あなた以外のプロ格闘ゲーマーの名前を知りませんでした」
「……ほう」
「日本人なら俺と同じような人が大半だと思います」
諸星は、その話を否定も肯定もしない。
「何故かわかりますか?」
「俺が強かったからか?」
「違います、
……あなたは自分が『伝説』だと正しく理解していない」
震えはしない、案内人としての発言ではないかもしれない。
今の俺は、一人の格ゲー好きとして
この人に伝えなければならない。
「見るもの全ての心を燃やした、デタラメな逆転劇……
そして日本人初のプロゲーマーとして
現在の格ゲー界を引っ張ってきた『歴史』、
あなたの背中を見てきた人たちには想像できない……。
ここ一番の勝負所で
ただの『宇宙一』プレイヤーに負ける諸星大なんて。
格ゲーの歴史は、今までもこれからも
諸星大と共にあると俺達は信じている」
「諸星さん、アンタが地球の格ゲーそのものなんすよ」
パソコンの起動音だけが静かに響き渡っていく。
「……よう言うわ、結局苦労するの俺やんけ
予知してくる相手にどないしろいうねん」
よし
戦わないではなく、勝てないに話が移っている。
「……予知、ですか。スズカも言っていましたが
確かにあのリプレイを見るとそう感じます」
俺は、昨晩から一睡もせずに腫れあがった目をこすり、
スマホを取り出した。
画面には、スズカと一緒に数千回は再生した
クリムゾンの対戦動画が映っている。
「俺、昨日の夜、これを死ぬほど見たんです。
スズカに0.001秒単位のデータを出してもらいながら。
……それで分かったことがあります
多分、本格的に調べていたら、あなたも気づいていた」
「何がや?言っておくが、俺も対戦動画は沢山みたで。
その上での結論や」
「諸星さんは様々な対戦を見たんでしょう。
でも、俺は一つの対戦動画だけを徹底的に調べました」
違う調べ方をしたと告げると
諸星の口元が「おもろいやんけ」とでも言うかのように
横に広がっていく。
「……クリムゾンは『予知』などしていません。
……相手が動いた最初の1フレーム
その0.017秒を視認して対応しているんです
あまりにも反射神経が速すぎて、
私たちから見ると、『予知』に見えてしまっているだけです」
部屋の空気が、一瞬で変わった。
「……見てから、動いとるやと?」
「はい、ネット対戦なら通信の遅延があるはずです。
予知ができるならラグすら無視して動くはずですが、
クリムゾンは常に『相手の動き』を起点に
最速の回答を出している……
これは、究極の反射神経による『後出しジャンケン』です」
俺は、諸星さんの握り拳を真っすぐに見据えた。
「あなたも、その1フレームの反応、奇跡を過去に何度も起こしていますよね?
……相手はその後出しジャンケンをミスなく完璧にこなしてきますが、
ジャンケンである以上、その手を潰すことはできる。
諸星大なら……出来るはずだ」
「……おもろいやんけ、自分。
そうか、反射神経の化け物か。
それなら、なんとかなるかもなあ」
軽口を叩きながらも、その瞳に大きな火が灯っていく。
「……これは負けられないな」
諸星は、フッと不敵な笑みを漏らすと
椅子に座り直し、アケコンを無造作に握り込む。
「わかった!命削ったるわ!その代わり、負けても文句言うなよ!」
「ありがとうございます!」
「礼を言うのはまだ早いわ。
おい、シャイン。自分、今日から対決の日までここに泊まれや。
一歩も外に出さへんからな」
「はあ!?俺、スケジュール埋まってるんすけど!」
「地球がヤバい、とでも言うとけ!
ほら、用意しろ、そのお綺麗な動き
俺が泥まみれにしてやるわ!」
「マジか、この人。助けて、助けて三好さ~ん!!」
シャインの絶叫がこだまする。
この様子を見ていたスズカはにっこりと微笑む。
その手元には諸星さんの配信カメラ、
レンズはしっかりと俺達3人に向けられている。
(……やってくれたな、スズカ)
そう、この一連の流れが
ネットの海へ拡がっていたのだ。
・伝説回キタ!
・切り抜き確定
・スズカ様、ナイスです
・3人よりもスズカを映してくださいw
・俺達のモロボシが地球を救うんや
・みてから反応してるだけって……その方がやばくね?
・モロボシは地球代表の称号を手に入れた
・サンドバックシャイン
・何?この配信?
・今来た3行
・↑地球代表として諸星が戦う 負けたら地球終わり シャイン涙目
・格ゲー星人vsモロボシ
諸星の生配信は同接数が瞬く間に10万人を突破、
画面上を流れるコメントは、
もはや読むことが不可能なほど濁流している。
あるロッカーでは、大空流星がスマホ片手に笑っていた。
「ははは、今度はその人を導くんだな、シャケ」
対策本部のデスクでは鳥越結花が呟く。
「案内人、三好鮭。その男に決めたのね」
全世界の格ゲーマーが叫んでいる
皆、一度は思ったことがある。
それは、男の子が想像する、
教室にテロリストが侵入したら?異世界転生したら?
それは、女の子が想像する、
白馬の王子様が現れたら?悪役令嬢になったら?
世界中の格ゲーマーも一度は考えた……
格ゲー星人が現れたら?
――その答えが今、形になる。
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