第16話 宇宙人、カレーに敗北する
「……三好鮭、私は抗議します」
深夜の駅前。
街灯の下でスズカが頬を膨らませ、
俺の袖をグイグイと引っ張ってくる。
最近気づいたけど、
コイツは食い物に関するときだけ可愛げがある……。
いや、馬鹿になるって言った方が正しいかも。
「さっきから、そればっかりだな」
「約束が違います。
私は『合法的なラーメン』を食べたいと言いました。
ですが、貴方の指差した先にあるのは……
なんですか、あの禍々しい黄色い看板は」
禍々しいって看板を作った人に謝れ。
あれは俺の食欲をそそる完璧な色彩だ。
刻まれている『スパイス・キング』の文字が輝いてみえる。
「今の俺は完全にカレーの舌になっている……
ここのカツカレーは絶品だからな」
「カレー……。
エレンのデータベースによれば、
それは数十種類の刺激物を混合し、
炭水化物と共に摂取する『非合理の極致』のような食べ物です」
馬鹿め、非合理だから旨いんだよ。
「俺が食いたいんだ、いいから入るぞ」
チリンッとドアを開けると、
一気に独特なスパイスの香りが押し寄せてくる。
ますます、腹が減ってきた。
そんな俺を横目に
スズカは一歩後ずさり、鼻を押さえている。
「……っ!
この匂い……情報量が多すぎます。
貴方は私に何を食べさせるつもりですか!」
だから、カレーだっつうの。
ラーメンと並ぶ日本人の大好物代表だ。
「いらっしゃいませ!」
カウンターの奥で
黒いキャップを被った店長らしき人が元気よく声をかけてくる。
スズカは覚悟を決めたようにカウンターに座ると、真剣な顔で言った。
「店主。この店で一番美味しいラーメンをください!」
「……え?酔っぱらってる?」
「本当にすみません。無視してください。
カツカレー二つ。片方は大盛りで」
惜しいけど、肝心なところが違う!!
一番美味しい、の次が何でラーメンになるんだよ!!
カ・レ・ー・屋だ!ここは!
深夜だから、酔っ払いだと思われたけど危ないところだった。
当の本人は、じっとカツが揚がる様子を見つめている。
「三好鮭。確認ですが、これは兵器ではありませんね?」
「食べ物だって。
お前、ラーメンの時も同じこと言ってたぞ」
ドンッ。
目の前に置かれたのは、
深皿に並々と注がれた漆黒に近いルー。
更にその上に鎮座する、黄金色のカツ。
「……これが……『カレー』……」
スズカは恐る恐るスプーンを手にした。
そして、ゆっくりと掬い上げる。
スプーンの上に乗せられたカレーは正に神秘。
会議室で飲んだ、
あの味のしないお茶とは正反対の存在感を放っている。
「……いただきます。合法です」
早くない?
俺、スズカが食べた瞬間を見た記憶ないんですけど?
気づけば、蒼い瞳がカッと見開かれている。
「……どう?旨いだろ。それとも辛いか?」
「辛いというよりも
コレは……旨味と情報の暴力です!
口の中で無数のスパイスが核融合を起こしています!」
うん、そうなら俺は死んでるな。
「この複雑な『幸福感』は!……これがカレー!!!」
スズカは、汗を拭うのも忘れて猛烈な勢いでスプーンを動かし始めた。
会議室での、あの凛とした面影はどこにもない。
「三好鮭! この文化……!
ラーメンに続き、これも宇宙に輸出するべきです!
地球を滅ぼしてはいけません! なぜなら——」
「カレーがあるから、だろ?」
「いいえ!
カツとカレーを同時に食べると、
脳内麻薬が『宇宙最高』の数値を叩き出すからです!」
なんだろう……
カツカレーがヤバい食べ物のように感じる。
――3分後
完食したスズカは、皿を名残惜しそうに見つめたあと、
今度は恨めしそうに俺の方を向いてきた。
「三好鮭。貴方の量だけ多くないですか?」
「……大盛りにしたからな」
食べ終わったスズカを尻目に食べるカレーは旨い。
これ、新発見だ。
「なぜ、私も大盛りにしなかったのですか!」
「いや、ビビッてたからさ」
「OKOK……店主!おかわりください!」
いや、構わないけどさ……。
なんかテンション、バグってない?
俺がゆっくりと食べ終わると
スズカも、汗ダラダラで二皿目を完食していた。
明日からは諸星大を探さなきゃいけない。
彼のレバー音は、
このカレーのように宇宙の論理をぶち壊してくれるだろうか。
「……三好鮭。
カレーも最高でしたが、次こそ餃子を案内してください」
「……そうだな」
気のせいか
スズカと一緒に食べると何でも旨い気がしていた。
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