第13話 太陽と月、そして深淵へ
『――ホームラン!!
第一戦は地球代表 大空流星によるホームランで
地球側の勝利となります!!!』
――勝った。
その事実が、
すぐに実感として湧いてくることはなかった。
甲子園を揺らしているはずの歓声は、
まるで分厚い壁の向こうにあるように遠い。
大空流星の世界から、音が消えていた。
バットを握る未だ熱が残る腕。
掌に残る確かな感触。
(……打ったな)
それだけが、現実だった。
世界一になったときよりも。
メジャーで三冠王を取ったときよりも。
WBCで優勝したときよりも。
不思議なほど、静かだった。
だが――
胸の奥で、遅れて何かが灯る。
じわじわと逃げ場のない熱が、広がっていく。
高校時代。
土の匂いが染みついたグラウンド。
笑ってふざけながら。
「世界一になれよ」
そう言っていた声。
「いや、宇宙一だろ」
冗談みたいに言って、先にいなくなった声。
大空は、ゆっくりと空を見上げた。
甲子園の上空。
宇宙技術で拡張された観客席のさらに向こう。
星々が、淡く瞬いている。
(……ああ、言われた通りだ。
……宇宙一、だ)
彼は、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……見てるか」
返事はない。だが、それでいい。
もう、報告は済んでいる。
この一打で、この場所で。約束を果たした。
遅れて、世界が戻ってくる。
歓声、叫び、泣き声。
甲子園だけではない。
地球全土が、震えていた。
街頭モニターの前で抱き合う人々。
学校の教室で泣き崩れる子どもたち。
仕事を忘れ、空を見上げる大人たち。
「勝った……?」
「地球が……?」
「助かったんだ……!」
それは勝利というより、生存の実感だった。
シャケは、
少し離れた場所から、その背中を見ていた。
跳ねない。叫ばない。拳も突き上げない。
ただ、
ほんの少しだけ、肩の力が抜けている。
――ああ、と理解する。
(この人は今、勝ったんじゃない。
“やり切った”んだ)
その背中は、誰よりも大きく見えた。
歓声は、まだ遠い。
しかし、留まることを知らなかった。
◆ ◆ ◆
マウンドには、
死闘を繰り広げた二人。
大空流星と、ゼロ・フォース。
ゼロは、一本になった腕を下ろし、
深く、頭を下げた。
それは、勝敗を超えた敬意そのものだった。
「地球代表……大空流星
あなたの打撃は、私に“原点”を思い出させた」
大空がにっこりと笑う。
「こちらこそ宇宙一の球、存分に味わったよ。
言葉通り、死ぬかと思った」
「ははは、私も本気で投げるのは
これが最初で最後になるだろう」
ゼロの、
誰から見ても慣れていないとわかる笑顔が弾ける。
「私は、地球が滅ぶことを望んでいなかった。
この聖地、地球が失われれば、
宇宙の野球は“模倣”だけになる」
何かを羨むように、ゼロが甲子園を見回していく。
土の匂い。スタンド。未だ熱気が漂う空気。
「だが――
制限を解除してでも、
本気で投げたいと思わせたのは、あなたが初めてだ」
ゼロの瞳が大空を真正面から射抜く。
「あなたがいたから、
私は“全力”で投げられた。
宇宙一の野球選手……大空流星」
その言葉で大空の胸に、強烈な実感が湧いた。
――ああ。
――これは、勝利だ。
スコアでも、結果でもない。
野球そのものが、
宇宙で“通じた”という実感。
大空は、少し照れ臭そうに笑った。
「……それは、最高の褒め言葉だ」
ゼロも微笑みながら、視線を移す。
そこにはシャケとスズカ。
「三好鮭。スズカ。
これからも、地球を守ってほしい。
この星は、競技の原点であり、俺達にとっての聖地でもある」
ゼロは、未だ黒いままの腕を大きく掲げると
言葉を続ける。
「君達が導く限り、地球文化は終わらない」
遠く映るゼロに
スズカは、静かに頭を下げた。
「……努力します。合法の範囲で」
「普通、ここは俺が答える流れじゃね?」
二人のやり取りを受け取ると
ゼロは、ようやく慣れてきた顔で
“人間のように”微笑んだ。
再び、大空へ視線を向けると
手を差し出す。
「次は――
9対9で、野球をしたい。
何も賭けていない。ただの試合だ」
差し出された手に、
熱で焼けた手を重ねて握手をすると、大空は答える。
「いいね」
そして、いつもの調子で言った。
「その代わり――
死なないようにしてくれよ?」
「……善処する」
その一言で、
張り詰めていた空気が解けていく。
◆ ◆ ◆
――地球側の勝利が決定した直後
宇宙会議本部では
冷静な議論が始まっていた。
「大空流星という存在は、地球文明の“規格外”だ」
「彼は、例外だ」
「地球文化の評価に直結させるのは、合理的ではない」
「彼一人を宇宙へ迎え入れれば……」
遮るように議長が立ち上がる。
「地球が勝ったのは事実だ。
こと野球において、地球は“原点”を証明した」
「しかし」
「しかし?……
あの対決を見て何も感じなかったわけではあるまい?」
「……」
「だが、納得しないものがいるのも事実。
地球は野球で結果を出したにすぎん。
よって、次の競技を……エレンに委ねる」
会議場の中央に丸く収まっていた
宇宙最高AIエレンが淡く光り、語りだす。
「地球文化は、不完全である」
会場が静まる中、
エレンの球体には、大空とゼロの勝負が幾つもの映像で流れている。
「だが、不完全であるがゆえに、
感情・想いが生まれ、意味が宿る。
地球の野球は――大空流星はそれを証明した」
淡い光が、徐々に強くなっていく。
「次なる競技は――
地球文化の“状況判断力”が最も顕在化するもの」
◆ ◆ ◆
甲子園では
未だ宇宙人を含む、全種族が勝利の余韻に浸っていた。
上空には
『Congratulations!』の文字が浮かび
大空、シャケ、スズカの三人も笑顔で喜びを噛みしめている。
『おおっと!喜んでいるところ、申し訳ありませんが
地球の皆さん、第二戦のお知らせが入りました!』
「……来ましたね」
「やっぱり、そうなるのか……」
少しは勝利の感触を楽しませろよと思いながら
シャケは、アナウンスへ耳を傾ける。
『第二戦は……こちら!』
無数の光の粒子が集まり、空中にひとつの競技名を形作る。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
第二戦
【 FIGHTING GAME 】
――――――――――――――――――――――――――――――――――
映し出された文字の下には
体力ゲージと時間経過を示す数字。
更には
シャケにとって見慣れたキャラクターが二体並んでいる。
「……格闘ゲーム?」
「……そう来ますか」
驚きよりも疑問を口にするシャケを後目に
スズカは、苦虫を潰したような顔をする。
『第二戦は格闘ゲームです!勝負は1週間後!
そして、言うまでもありませんが
地球代表が宇宙代表に負けた場合――地球は滅亡です!
詳しい話はこの宇宙人スズカに聞いてくださいね~』
言うと同時に全世界で流されている映像が
スズカ一人に切り替わる。
『それでは――』
「待ちなさい!」「待てよ!」
明らかに締めようとしたアナウンスを遮り
スズカと大空、二人の声がこだました。
すると、どこからともなく空中を走り
マイクと思われるものが、大空の前に現れる。
「ヒーローインタビューぐらいはしてほしいなぁ」
先ほどまで熱戦を繰り広げていたとは思えないほどの軽口で
大空は続ける。
「まずは、応援してくれたみんな、ありがとう!」
爆発するような歓声
甲子園全体と世界中のモニター前が再び、喜びの声をあげる。
それが落ち着くと、大空は真剣な顔でシャケを指さした。
「そして……シャケ、ありがとう!」
今度は、モニターの映像がシャケ一人へと注がれる。
「え!?」
「シャケが僕をここまで連れてきたんだ。
彼が“宇宙一を決めないか?”と導いてきたから僕は戦った。
……彼こそが地球代表選手の案内人、三好鮭だ!」
その言葉と同時に、世界中のモニターの前で当惑の声が拡がっていた。
「誰だあいつ?」「あんな冴えない男が大空流星を?」
救世主として喝采を浴びる大空とは反対に
画面に映るシャケは、
どこにでもいる覇気のない凡人にしか見えなかったのだ。
SNSでは「何者?」「怪しすぎる」といった
懐疑的なコメントが瞬く間に溢れていく。
世界中の人間が理解できるはずもなかった。
ただ一部、理解を示すものもいる。
遠い宇宙で佇む、宇宙最高AIエレンは力強く発光し、
甲子園球場では、銀髪をなびかせたスズカが深く頷く。
「これだけは世界中のみんなに言っておきたかったんだ。
……スズカは?」
「……もう大丈夫です、
貴方は太陽、三好鮭は月……それでいい」
「はは、それは嬉しいな。じゃあ――」
大空は改めて、シャケを見つめて言葉を紡ぐ。
「――宇宙一を決めようか。
次も、君が導く地球の誰かで」
その言葉は、熱狂に沸く世界には届かなかったかもしれない。
だが、シャケの胸には重く、確かな使命感となって刻まれた。
『案内人』三好鮭。
――彼の舞台は、0.017秒の深淵へ
野球編、完結しました。
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毎日20時過ぎ更新。




