第12話 流れる星は大空に
――ゼロの指先から“破壊の閃光”が放たれた瞬間、
打席という空間の因果律が焼き切れた。
球速制限を、そして物理法則を置き去りにしたその一球は、
極小の『特異点』を形成する。
あまりに巨大なエネルギーの反動が、
打席に立つ流星の意識を次元の彼方へ流していく。
音が消失し、世界が色彩を失う。
視界がホワイトアウトする中、
流星は自らの存在が、時間を逆走していく感覚に襲われた。
それは脳が見せる幻ではない。
加速しすぎた質量が開けた時空に
意識そのものが吸い込まれていく。
――次元の漂流。
五感すべてが
夏の部活のような泥臭い熱に塗り替えられていく。
気づけば、流星の意識は「過去」という名の座標へと辿り着いていた。
◆ ◆ ◆
そこには、忘れもしない懐かしの校舎が佇んでいた。
屋上からは
「祝!花崎西高等学校 野球部甲子園出場」の垂れ幕が
胸を張るように貼り付けられている。
(……ここは)
横で揺れている木に手を伸ばしても、指先は空を切った。
今の俺は、何にも触れることが出来ない、ただの傍観者だ。
ふるさと独特の木と海が混じる匂い。
どこかで見た顔が、楽しそうに下校している。
「……なあ、もう今日は切り上げようぜ」
「流星、お前、プロ入り決まってるからって
甲子園舐めてんじゃないの?」
グラウンドで泥だらけになっているのは、
若き日の俺と雄介だ。
俺はエースで雄介はベンチにも入れなかったが
それでもアイツは、いつも最後の一人になるまで練習を続けていた。
多分、これは甲子園に行く前だ。
「いや、練習もほどほどが大切だろ?」
「ぬるいな~、世界一を目指す男が
俺如きに練習量負けていいのか?」
そうだ、あの頃から
いや、もっと前から俺は公言していた。
「世界一になる」と。
「大体な……好きなことは辞められないだろ?」
ふっ、雄介は誰にも負けない努力家だったな。
――場面が強制的に遷移する。
甲子園、第二回戦 相手は強豪だった。
あの時の俺は負けるのが怖かった。
グローブが張り付いたように手から抜けなくて
試合前から震えていたな。
「流星、難しく考えすぎなんだよ。
野球ってのはな~
“好き”って気持ちが一番強い奴が勝つんだよ!」
「そんなもんか?」
豪快で、明るくて、チームの太陽
いつも俺を前に進ませたのは、勝久だった。
「そんなもんだよ!
俺なんて技術ゼロだけど、野球愛だけは宇宙一だぜ!」
アイツの言葉で自然と固まっていたグローブが
自分の手足のように躍動したのを覚えている。
勝久はいつも、野球愛だけはお前に負けない!と
張り合ってきていたな……。
――そして、最も鮮明な“座標”が映し出される。
「流星、ちょっとキャッチボールしようぜ」
……ああ、あの時か
甲子園で敗れ、引退。
夏が過ぎ、秋を超え、卒業が迫ったあの日。
親友の亮と交わした、最後のキャッチボール。
プロ入り3日前、故郷を出る前日のあの時だ。
「お前のスイングってパワー半端ないよな」
「雄介が練習しろ!ってしつこかったからな」
「はは、そりゃ大変な3年間だったな!
おかげでパワーだけじゃなくて
スイングスピードもピカイチだ」
あの時の俺は
ピカイチっておっさんかよ!って笑っていたな。
「でもな……、それだけじゃ、宇宙には通用しねえぞ」
「宇宙って、そこは世界だろ!?」
「知らねえよ。でも、そういう気持ちで挑めってことだ」
この後、もらった物を俺は今でも大切に保管している。
「ほら、これ。
流星、卒業式に出れないだろ?」
亮が差し出してきた色紙。
そこには、不格好な文字で俺たちの夢が刻まれていた。
中央には、いつ書いたものか俺の文字で
「世界一になる!」と丸で囲まれている。
そして、その周りには
共に野球で生きた友人たちの文字が並んでいた。
『世界一になる×→宇宙一になれ!』
『野球愛なら負けねえぞ!お前が世界一なら俺は宇宙一だ!』
『練習を怠るなよ!』
『世界に誇る野球選手になれ!
いや、周りのバカに合わせて、宇宙に誇る大空流星になれ!』
自然と涙が止まらない……。
今の俺と、あの時の俺。
同じ瞳から同じ涙が零れてくる。
――みんな、震災でいなくなった。
グラウンドで泥だらけになって笑った顔。
冬の朝、白い息を吐きながら素振りをした背中。
夏の大会で、泣きながら抱き合った瞬間。
全部、全部、もう戻らない。
俺は、みんなの“野球を愛する心”を受け取ったんだ。
それは……宇宙一だよな
雄介の努力。勝久の情熱。亮の友情。
その全てが、俺の血肉となる。
だから俺は、
どれだけ苦しくても、痛くても、バットを振り続けた。
仲間たちの分まで。
仲間たちの“野球愛”を背負って。
目に映るビジョンは走馬灯のように
過去から現在へ流れていく。
一瞬、光るプラカード。
『宇宙一を決めないか?』
ああ、
俺はその言葉をずっと求めていたのかもしれない
この想いはきっと、宇宙一に届く。
◆ ◆ ◆
世界が瞬く間に色を取り戻す。
目の前に迫るのは、夜空を切り裂く破壊の閃光。
物理法則が悲鳴を上げ、
時間の隙間さえも押し潰しにくるゼロの本気。
普通の打者なら、
存在すら認識できない剛球。
だが、俺にはわかっていた。
ゼロの敬意、ゼロの熱、
ゼロの勝負したいという想いが投げるのは――。
(……ど真ん中)
だから――
当てることはできる。
問題は、その先だ。
(……ここからだ。ここからが、俺の勝負だ)
当てるだけならできる。
だが、打ち返すには――
バットの角度
体重移動
インパクトの瞬間の力の逃がし方
スイング軌道
全身の連動
そして……
地球の願い、シャケの信頼、仲間たちの想い
全てが必要だった。
バットの中心部が、特異点となった白球に触れる。
絶対的な硬度を捉えたその一点は、
火花を散らす暇もなく融合し
周りの酸素を瞬時に焼き尽くす。
逃げ場を失った熱が、バットを握る両腕の皮を焦がしていく。
(……痛い、それでも、この熱こそ、俺達が生きてきた証)
バットの芯と、特異点を形成する白球の芯が正面から喰らい合う。
衝撃波が、腕を肩を、背中を駆け抜け、
踏みしめた甲子園の土がクレーターのように沈んでいく。
重い。
1キロに満たないはずの木片が、
今は何十トンもの質量を持っている気がした。
視界がスローモーションになり、友の声が蘇る。
「宇宙には通用しねぇぞ」
「好きって気持ちが一番強いんだよ!」
「好きなことは……やめられないだろ?」
そして、色紙に刻まれたあの不格好な文字たち。
ただの厚紙のはずなのに、何十人もの人生が書き込まれたそれは、
そのまま、バットを押し出す力に変わる。
「……みんな、宇宙一に俺たちはなるよ」
衝撃は宇宙へ拡がる。
バットと白球が衝突した一点から
目に見えるほどの“亀裂”が空間に弾ける。
音は消え、熱が酸素を焼き、
球場の光が迸る。
それは、もはや野球ではない魂の対決。
(ゼロ、宇宙一のストレート、確かに受け取った。
だから、俺も、俺達全員の“人生”で返すよ)
「これが、地球の野球だ!!」
――カァァァァァンッ!!!!
衝撃音が甲子園を、そして地球全土の鼓膜を震わせる。
打球は二塁ベースを遠く超え、
輝く“光の尾”が夜の静寂を切り裂いていく。
それは重力から解き放たれた光のように
皆の頭上を遥かに超えていく。
世界中が立ち上がった。
案内人であるシャケとスズカも、喉が裂けんばかりに叫んでいる。
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ゼロの瞳が、かつてない驚愕を見せる。
自身の最強を塗りつぶす、地球人の“熱”。
その眩しさ……。
「……美しい」
――大きな空へ、その球は全てを魅せて飛んでいく。
――流れる星は地球の輝きを乗せていく。
白球は、
仲間たちの声を追い風にして止まらない。
フェンスの向こう側、
夜空に一筋の輝きを残して消えたとき。
大空流星は、静かに、そして満足そうに目を閉じた。
(……俺は野球を愛してる)
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