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死ねない怪物の私は、もう祈らない~私の心はもう死にました。なのにどうしてあなたは私を探しているのですか?~  作者: 紫乃てふ


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光る魔法陣と不信感

 国王陛下とエリス様が私のいる地下室の真上でお茶会をしているなんて、一ミリも知らない私……。


 地下室の空気は、日を追うごとに重く、湿り気を帯びていく。

 かつて私の周りで賑やかに囁き合っていた精霊たちの声も、今では全く聞こえない。

 彼らはこの冷たく閉ざされた空間に飽きてしまったのか。

 あるいは私の聖力が変質し始めていて離れてしまったのか。

 独りきりの静寂は、私の心をゆっくりと、けれど確実に削り取っていった。


 そんなある日のことだった。

 いつもは見上げることすら苦痛な高い天井が、ふっと瞬いた気がした。

 それは一瞬の出来事だったが、鈍い黒色の光。

 どこか透き通るような不思議な光が、闇の奥底に浮かんだように見えたのだ。


 その日の夜。いつものように食事を運んできたミケに、私はそのことを打ち明けた。

「ミケ、あのね……今日、天井が光った気がするの」

「光、ですか?」

 ミケは、鎖を解きながら不思議そうに首を傾げた。

「僕にはよく分かりませんが……もしかしたら、ルル様だけに見える特別な光なのかもしれませんね。因みに、何色だったんですか?」

「色は、黒だったの。珍しいと思わない?」

「……黒。たしかにそれは珍しいですね」

 ミケは作業の手を止め、真剣な眼差しで私を見つめた。

「最近、教会の書庫で聖力について勉強をしているのですが、黒い光というのは一度も見たことがありません」

「聖力の勉強? 司祭様たちは、私にそんなこと教えてくれなかったわ。どんなことが書いてあるの?」


 私が立ち上がるためにミケが差し伸べた手を取りながら聞く。

 ミケは困ったような、けれど優しい笑顔を浮かべて答えてくれた。

「聖女様の資質によって、放つ光の色が変わるのだそうです。例えばルル様。あなたの光は輝くような金色に、時折、淡い桃色が混ざっていますよね」

「金色と、桃色……」

「金は高潔で幸運を世界に運ぶ色。そして桃色は――深い愛の祈りが含まれている証なのだとか。国民と、そして何より陛下を深く愛していらっしゃるルル様だからこそ、そのような美しい色が宿るのでしょうね」


 ――愛ね。

 その言葉が、鋭い棘となって私の胸に突き刺さった。

 もし北の天使が言ったことが真実なら、私の『愛の祈り』こそが陛下を呪い、その命を削り続けてきた毒だということになる。

 その色が混ざっていると言われることが、今の私には耐え難い皮肉に感じられた。

 それでも、目の前で微笑むミケに「ありがとう」と返すことしかできなかった。

 彼だけは、私のこの歪んだ祈りを「美しい」と言ってくれる唯一の人なのだから。


 そんな会話をしたのが昨日の夜。

 今はまだミケが来る前の、おそらく太陽が最も高く昇っている時間だろう。

 また、あの天井が光った。


 昨日よりもはっきりと、黒い光は魔法陣のような幾何学模様を描き、天井を這うように脈打っている。

 それが何を意味するのかは分からない。

 けれど、黒い光は雪のようにふわふわと揺れながら、私の方へと静かに降り注いでくる。

 私はその光に目を奪われ、吸い込まれるような感覚に陥った。

 逃げなければいけないのに、身体は泥のように重く、指一本動かせない。

 瞼が重く沈み、その光の欠片が私の肌に触れようとした瞬間。


 ――唐突に、視界が真っ白な閃光に包まれた。


『レウシア? 大丈夫だったかしら!』

 聞き慣れた、けれどどこか遠い響き。

 目を開けると、そこには女神ティア様がいらっしゃった。

 あの湿った地下室ではない、果てしなく続く白い空間。


「ティア、様……?」

『よかったわ。あの光に触れていたら、アウラムに攫われていたかもしれないわ』

「あの黒い光は、アウラム様の神力なのですか?」

『そうよ。あれはたしかに、あのおぞましいアウラムの気配だったわ』


 女神の声には明らかな嫌悪が混じっていた。

 けれど、不思議なことに、私はあの光に対してそれほどの恐怖を感じなかった。

 むしろ、暗い地下室で一人震えている私を、誰かが迎えに来てくれたような……。

 そんな錯覚さえ抱いてしまったのだ。


「それでは、私の近くにアウラム様がいらっしゃるということですね」

『そうね。誰か、心当たりのある者はいるかしら?例えばあなたにとても親切にしてくれる人とか』

「いえ……私は、アウラム様にお会いしたことがないので、分かりません……」

『今、レウシアの近くにいるのはどんな人? 些細なことでもいいのよ』

「近くにいるのは、見守りの聖騎士たちです。でも、交代制で十人近くいますから、私にはどなたがどのような方なのかまでは……」


 本当は、ミケの名前を出そうとした。

 けれど、喉の奥で言葉が詰まった。

 ティア様は信用できるのだろうか?

 私の祈りを呪いだと断じた天使を遣わした女神に、唯一の救いであるミケのことを話してしまっていいのだろうか。



 私は、ずっと胸に溜まっていた問いを口にした。

「その前に一つ、お伺いしてもいいですか?」

『えぇ……何かしら? 私の可愛いレウシア』

「ティア様は、なぜ私たちの世界に天使を遣わされているのですか? なぜ、そのことを私に教えてくださらなかったのですか?」



 ティア様の微笑みが、一瞬だけ凍りついたように見えた。

 視線を彷徨わせ、柔らかな布を指先で弄ぶ。

『ん? 天使ね……。私が直接、遣わせたわけではないのだけれどね』

「はっきりと、教えてはいただけないのですか? 彼女は私の祈りを『呪い』だと言ったのです」

『私が命じたわけではないのよ、本当によ。……ただ、私のことが好きな子たちが、勝手に貴重な遺跡のそばに居座っているだけなの』

 そう言って慈悲深い女神の笑みを私に向けてくる。

 でも、有無を言わせないという圧力を感じる。


『神の愛とは、時に末端まで届かぬ狂気を生むこともあるのだわ』



 女神の言葉はどこまでも優雅で、けれど肝心な部分を霧のように包んで隠している。

「では、その貴重な遺跡の場所を教えてください。私が行かなければならない場所があるのではないですか?」

『あら……そろそろ、限界のようね。こちらの世界に留まる力が尽きかけているわ』


 ティア様の姿が、陽炎のように揺らぎ始める。

「そこで何かが起こるかもしれないんです! なぜ、何も教えてくださらないのですか! 私は、どうすれば陛下を救えるのですか!」



 私の必死の問いかけに対し、ティア様はただ悲しげな、けれど何も語らない瞳で私を見つめるだけだった。

 神でさえも、私を本当の意味で救ってはくれない。

 ただ、彼らの都合の良いように、私はこの地下で縛り付けられ祈らされる人柱なのだ。


 不信感と孤独が混ざり合い、視界が再び白く塗りつぶされていく。

 引き戻される瞬間に、誰かの呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど、それが誰のものなのかを確認する術はなかった。



 次に私が目を開くと、いつもの冷たい天井が見えた。

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