整理と混乱
公開が遅くなり申し訳ありません。
いつもお読みいただきありがとうございます!
リアクション・ブックマークをいただき本当にありがとうございます。
いつもいつも本当に励みになっています。
北の一件が終わって、私は暗闇の中で独り、思考の海に沈んでいた。
ジャラリ、と手首を縛る鎖が鳴る。
この冷たい金属の感触だけが、今の私にとっての現実だ。
私が本当に信じられるのは、一体誰?
教会で教えられたことが全部嘘だとしたら、私は何を信じてこの果てしない時間を進めばいいのだろう。
聖女は、ティア様の『聖力を受け継ぎ世界の為に祈る』存在だと、ティア様本人も、あの傲慢な天使も言っていた。
けれど、私が教会で教わった聖女の在り方は、ただ『国王陛下の為に祈る』存在だった。
教会で教わったことは、きっと毒だ。
ティア様の話でも、北の天使の話でも……私がこの国の為に祈りを捧げなかったから、陛下が亡くなる形で同じ時を何千回も繰り返しているという。
それであれば、今回の世界が今までと違う原因は、はっきりしている。
それは私が、個人ではなくこの世界の為に祈っている事。
聖女の祈りがそういう役目なのは、間違いないだろう。
でも、どうしても腑に落ちない。
精霊や天使とは、一体何なのだろうか?
今まで私が陛下に執着していたから、声が届かなかった。
干渉できなかった。彼らはそう言っていた。
……本当に、それだけ?
精霊に関しては分からないけれど、天使のような高位の存在が、それだけの理由で私に接触できないなんてことがあるだろうか。
だって、北の天使は最後、私の聖力の干渉をいとも簡単に拒絶してみせた。
ということは、私に干渉することだって、本当なら赤子の手をひねるより容易いはずだ。
彼らは「見守っていた」のではなく「見て見ぬふりをしていた」のではないか?
数千回ものループの間、私が絶望し、陛下が死に続けるのを、特等席で眺めていただけなのではないか。
そう思うと、背筋に冷たいものが走る。
それに、ティア様に仕えている身でありながら『世界が滅んでもいい』と言い放ったあの天使の言葉。 私が彼女の立場なら、あんなに心酔している神様が創った世界を、塵一つだって壊したくないと思うはずだ。
そうでなければ、何千回も繰り返してまで、私は『ヘリオス以外がこの国を治める世界』を拒絶し続けたりしない。
あれ?
今、私は何て思った?
『ヘリオス以外がこの国を治める世界を拒絶』?
……陛下を救いたいのではなく、彼以外の王を認めたくないだけ?
これは私の意思?
それとも、アウラムという神が私の中に植え付けた、呪いのような執着なの?
わからない、わからない、わからない。
思考が、濁った水のようにぐるぐると渦を巻く。
私ははるか遠くにある、見えもしない天井を見つめて、ただ呼吸を繰り返した。
肺に流れ込む空気さえ、誰かが用意した偽物のように感じてしまう。
「まぁ……これは、どうでもいいか」
ポツリと呟いた自分の声が、異様に低く響いた。
今の私にとって、自分の正体すら些細な問題だ。
それよりも、この世界の歪みが恐ろしい。
天使といい、アウラム様といい、なぜあんなにティア様に執着しているのだろう。
もちろん、創世の女神であるティア様は美しい。
あの方は、私の心を包み込むような優しさを持っていた。
でも、だからこそ異常だ。
ティア様の創った世界に大人しく閉じ込められているアウラム様も、ライバルがいなくなるなら大好きな人が創った世界が無くなってもいいと言い放った天使も。
彼らの愛は、破壊と紙一重だ。
そしてそれは、あの日までの私のようでもある。
教会で教わったことが全て嘘だとして、なぜそんな手の込んだ真似をしたのだろう。
エリス様が聖女になりたかったのは、単なる虚栄心かもしれない。
教皇猊下が下種なのも、今に始まったことではない。
でも、彼らにその知恵を授けた存在が、必ず後ろにいる。
ティア様は、私の聖力が暴走したことでアウラム様が気づいたと言っていたけれど、それさえも、あの方の主観に過ぎないのではないか。
神様も、天使も、人間も。
誰もが自分に都合のいい真実だけを口にする。
ティア様の聖力と相性が良いという事実は、あの天使も認めていたから本当なのだろう。
でも、その『聖力』があるからこそ、私はこの巨大なチェス盤の上に縛り付けられている。
何のためにティア様は、この世界を作ったのだろう?
アウラムという神を閉じ込めるための、美しい檻だったのではないか?
そして聖女とは、その檻の鍵を握らされ、永遠に番をさせられる奴隷のような存在なのではないか。
思考を陛下の方へ向けてみる。
ヘリオス様の周りの人たちは、本当に信用できるのだろうか。
陛下が雪山へ送ったあの学者……エピ。
彼は雪崩に巻き込まれ、私が助けるまで二日も埋もれていた。
私が聖力を送った時には、すでに死んでいてもおかしくないほど冷たくなっていた。
呼吸はか細く、魂の灯火は今にも消えそうだった。
……いいえ、本当は、もう死んでいたのではないか?
普通の人間の肉体なら、あんな極限状態で二日も耐えられるはずがない。
なのに、彼は今、何食わぬ顔で生きている。
誰が信じられる?
ティア様でさえ、私を救うと言いながら、この地下室から連れ出してはくれない。
あの方は『見守る』だけだ。
私の苦痛を知りながら、魔法陣越しに一度声をかけてきただけ。
そんな中、唯一、私に触れる温かい人がいる。
食事を運んできてくれるミケだ。
彼は、女神のように高尚なことは言わない。
天使のように私を蔑んだりもしない。
ただ、凍える私に優しく接してくれる。
「聖女様、お疲れなのです」
その一言だけが、どれほど私の凍てついた心を溶かしたか。
ミケが私を縛る鎖を巻くとき、その手はとても震えていた。
私をこんな目に合わせる世界を、彼だけが一緒に憤ってくれた。
それから、夢の中でだけ会える、あの不器用な陛下。
陛下は、私が聖女だとも知らずに、ただルルとして私を必要としてくれる。
誰もが私の力や役割を求める中で、陛下だけが私の言葉に耳を傾けてくれた。
あの方もまた、私と同じように、周囲の嘘に囲まれて孤独の中にいる。
ジャラリ。
また、鎖が鳴る。
もう、外の世界なんてどうでもいい。
神々の愛憎劇も、教会の陰謀も、溶けゆく万年氷も。
私の世界は、この狭い地下室と、そこを訪れる体温だけでいい。
私は目を閉じ、自分に言い聞かせるように、暗闇の奥底で呟いた。
……ああ、そうね。
結局のところ、この世界で私が信じていいのは。
私を必要としてくれる国王陛下と、私に温もりをくれるミケ。
この二人以外、誰も信じられない。
最後までお読みいただきありがとうございます!
本作は「ネトコン14」エントリー作品です。
少しでも「気になる」と思っていただけたら、ページ下の評価やブクマ登録をしていただけると、執筆の励みになります!
明日も更新しますので、またお会いしましょう!




