裏切り~国王陛下side~
シュルツ湖から帰ってきて、一週間。
賢者様は、俺の執務室に居座っている。
「師匠。王妃がいる王城が嫌であの家に引きこもったんではないですか?」
「そうじゃな……。だが、お前がおらん二日でどれだけの人間が、この部屋に来たと思っておる」
そう言いながら、俺が片付けていく書類をテキパキと仕分けていく。
「そんなの、わからないですよ」
「十人以上じゃよ。しかもどいつもこいつも、お前のおらぬ間にカドモスに難癖をつけて、自分の利益を貪ろうとしてきておったのじゃぞ! ほれみろ、あんなにげっそりしてからに」
そんな風に言って、カドモスを指さす。
たしかに、カドモスはげっそりとしていた。
まだ、昼だけど師匠もいるし帰宅させようと思っていたら、騎士団長がエピを連れて入ってきた。
「陛下。この小汚いやつが陛下に会わせろとうるさいんだ!」
首根っこを掴んで、エピが苦しそうにしている。
こいつは、根はいいやつなのになんでこう乱暴なんだろうか……。
ため息を吐きながら二人に近寄ろうとすると師匠が止めに入る。
「で、貴殿はなぜその怪しいと思っている男をわざわざここまで連れてきたんじゃ? 普通、そんなに怪しんでいる者を陛下に近づけんじゃろ」
その言葉にカドモスがハッとした顔をする。
「あまりにもうるさいし、陛下に会えば分かってくれると言ったから連れてきただけだ」
アストンの事だ。
本当に深く考えてなかったんだろう。
昔から頭を使うことは、本当に苦手な奴だからな。
それでも、悪い奴じゃないと俺は思っているんだが……。
「アストン、彼の事は僕が尋問するから君は騎士団に戻りなよ」
「おぉ、カドモスがそうしてくれるなら助かる」
「あっ……因みにこの男。普段のお前なら殴って終わらせていただろう? 誰がここに連れてくるように言ったんだい?」
「ん? 王妃殿下だよ。昔からそうだけど、本当にエリスは優しいよな。そいつの陛下に会えば分かってくれるなんて戯れ言を信じてやるんだから」
そう言ってエピを置いていくと、アストンは騎士団が訓練している訓練場へ向かっていった。
「エピ。何があったか教えてくれんかの?」
「は、はい。まず西の湖の件からご報告いたします。湖は完全に浄化されました」
「浄化?」
賢者様は、思い当たることがあるのか長いあごひげを撫でながら考えているようだ。
カドモスと俺は、不思議に思ってエピに先を促す。
「はい。陛下が帰られた後です。僕が中和薬を少しだけ入れてから、追加を作ろうとした時。湖が光輝いていたのです。そのあと、底が見えるくらいに水が透き通っていました。あれは、文献にある聖女の浄化の力です」
「聖女の浄化……ですか」
カドモスがエピの言葉を聞いて、首を傾げる。
俺もその気持ちは分かる。
エリスが浄化なんてことができるのだろうか?
たしかに民の事を思って、炊き出しの企画をしたり、救護所を創るために教会とともに尽力していたのを聞く。
毎回俺が行こうとすると、警備が大変だし、国民が混乱するから来てほしくないと言われて一度も彼女が働いているところを見たことはない……。
それでも、民からの人気は悪くないから、本当にやっていると信じてはいるんだが、何かが引っ掛かってはいるんだよな。
「聖女の浄化というのは、その地に住まう精霊が聖女の聖力を借り起こす奇跡じゃ」
「はい! 金色の綺麗な光が湖面を覆って! 本当に神秘的でした! 領民の皆さんにも協力をいただいて、その日の夜から見張っていましたが、怪しい者をとらえることはできませんでした」
エピは申し訳なさそうに言うけれど、彼にそんなことは求めていなかった。
なによりそれを行うのは本来、あの地の領主であるユゲンの仕事だ。
「いや。尽力してくれてありがとう。ユゲンは、なにか心当たりなど言っていたか?」
俺がそう聞くと、エピの様子が挙動不審になる。
俺の方を見て、眉尻を下げて悲しそうな表情をするから不思議に思う。
賢者様もカドモスもその様子のおかしさに気づいたらしい。
「エピ。あったことはすべて報告するのが、陛下の為じゃぞ」
「はい……。師匠。その、大変言い難いのですが。あの地を治めていたユゲン様は、陛下の事を裏切っていました」
「えっ……」
俺が唖然としていても気にせずエピは言葉を続ける。
「陛下が帰られた後、中和薬の説明をしていたら、湖に突き落とされそうになりました。これは、 これは、自身が王になる好機なのだと……。陛下がこの失敗で失脚すれば、王位に就く機会が巡ってくると言っていました」
何を、おかしなことを言っているんだ……。
エピの聞き間違いだろう。
ユゲンは、王城で肩身が狭い思いをしている俺の事を慰め、勇気づけてくれた大切な従兄だ。
なにより、彼は母方の家系の人間なのだから王位に就ける訳がない。
「何を言ってるんだ。そんなわけはないだろう」
「そう言われると思って、こちら……。あの領地の領民たちからの領主に対しての苦情と陛下への嘆願書です」
エピがよれよれのカバンから分厚い紙の束を渡してきた。
全て同じ筆跡だし、我が国の識字率は低いから、エピが書いたのだろう。
ゆっくり読んでいくと内容は、ひどいものだった。
ユゲンが領主になってから年々上がる税の取り立て。
領外に出稼ぎに出ている家庭があれば、その家の女を攫って行く領の騎士たち。
子どもたちがどんなに貧しい思いをしていても、何も対策をしない。
無駄に綺麗になっていく大通りと領主邸。
「大通りから一歩奥に入りましたが、地獄ですよ。まだ領地の残った男たちや領民同士が支えあっているから何とかなっていましたが、それも……長くはないでしょう」
……、俺は何を見ていたのだろうか?
いや、何も見せてもらえていなかったのだろう。
彼が領主になってからいつもあの領地を案内してくれるのは、ユゲンなのだから……
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