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八 魔法使いの指輪

「紗月起きて——ってうわっ! エレナ?」

 目を覚ますと、ベッドの前に楓がいた。足元のエレナが寝ぼけながら起きだす。昨日、あのままずっと眠ってたみたいだ。

「今日は〝指輪〟を買いに行くよ。七宮先生に紗月を連れていってってお願いされてるの」

 そうだった。昨日、七宮先生に〝指輪〟のことを聞こうとしたのに、すっかり忘れていた。たしか、あのあと部活の話をされて、それで頭がいっぱいになって……。

「あ、じゃああたしも行くー。ビクトールとちょうど行く話してたんだよね」

 エレナは目をこすっている。まだ眠そうだ。

「とりあえず、朝ごはん食べよう」

 

 紗月は支度を済ませると、エレナと楓と食堂に行った。ビクトールとも合流して、四人で朝ごはんを食べた。朝ごはんは、焼き鮭定食だった。

 昨日はあんまりよく眠れなかった気がする。頭が少し重い。初めての場所で初めて寝るベッド。初めての景色に初めての匂い。お母さんもいない。逆に寝れただけすごいのかもしれない。あっ。ちょっと待った。焼き鮭に箸をつける前に、紗月は身構える。昨日のことを思い出す。

「なんで焼き鮭にビビってんの?」

 エレナに笑われた。どうやらこの焼き鮭からは、肉汁は噴き出てこないみたいだ。

「みんな昨日寝れた? あのこと……」

 ビクトールは寝不足みたいだ。やっぱり昨日のことを気にしてるみたい。

「でもさ、なんとかなるよ。下手なことしなきゃ大丈夫、大丈夫」

 昨日寝て、エレナはもうケロッとしたみたいだ。ご飯をバクバク食べている。すごい。

「紗月とも話したけどさ、もし誓約破っても死にゃしないって。だから大丈夫」

 ビクトールと楓は、その言葉を聞いて安心したみたいだ。表情が一気にやわらぐ。

「まあでも、死ぬ一歩手前くらいにはなりそう」

 二人の表情が一気に曇る。昨日の自分と全く同じ反応で、少し笑いそうになる。

 楓は周りに人がいないことを確認して、小声で喋りはじめた。

「それにしても、三条先輩があんなことを……正直まだ信じられない」

「なんかリーダーっぽかったよね。三条先輩」

 エレナはもう食べ終わりそうだ。紗月が「たしかに」とうなずく。

「そういえば、なんで紗月は三条先輩のこと知ってるの?」

 ビクトールが尋ねた。箸があんまり進んでいない。

「三条先輩にクラス分けテストしてもらったんだ。逆にみんな知ってるの?」

「私は同じ生徒会だから。でもそもそも三条先輩は有名人なの。名家だから」

「名家って?」

「魔法使いは家柄が大事。その中でも特に有名で歴史のある家柄のことを〝名家〟って呼ぶの。だいたいすごいお金持ちで、だいたいすごい権力持ち。三条家は鎌倉の名家の一つなの」

 そう話す楓の顔は、どこか辛そうだった。紗月にはその理由がわからなかった。

「それだけじゃないよ。それぞれの名家にまつわる伝説もたくさんあるんだ。すごいよね」

 ビクトールが声を弾ませた。少し元気が戻ったみたいだ。

「三条家だったら、〝鬼ノ面〟の伝説とかね。まあとにかく、名家はすごいの」

 楓がため息混じりに言った。〝鬼ノ面〟の伝説ってなんだろう。ビクトールも知らないみたいだ。まあとにかく、三条先輩はすごい人。心のメモに書きこんだ。そして残りのご飯をかきこんだ。

「あっ。僕、ドーン先輩も知ってるよ」

「あそこにいたドワーフの先輩だよね?」

 紗月はドーン先輩を思い出した。怖い顔。太い腕。ギラっと光る斧。ゾワっとする。

「うん。あの人も、ドワーフの間じゃ有名人」

「どう有名なの?」

「中等部の、ドワーフの番長」

 紗月とエレナと楓は目を見合わせた。なるほど、どうりで怖いわけだ。というか番長なのに壱組なんだ。あの顔で勉強してる姿の想像ができない。斧で机を叩き割る姿の想像はできる。

「でもやっぱりわからない。鎌倉大火災になにか裏があるとしても、わざわざ危険を冒してまでその真相を知ろうとしてるのはなんでなんだろう」

 楓が焼き鮭定食を完食する。

「やっぱり正義感とか?」

 エレナはとっくに食べ終わって、少し暇そうに箸をいじっている。

「たぶんみんな、鎌倉大火災の影響があった人たちなんじゃないかな」

 ビクトールもようやく食べ終えて言った。紗月もなんとなく、そう思った。紗月のお父さんとお兄ちゃんが鎌倉大火災で亡くなったと伝えたとき、そしてそれが事実だと知ったときの三条先輩の表情。まるで思い出したくないなにかを思い出しているような、そんな表情が、紗月の脳裏に焼き付いていた。

 

「ごちそうさまでした」

 朝ごはんを済ませ、支度を終わらせて、四人は寮を出発した。

 穴から出る。出るときにおにぎりは必要ないみたいだ。日差しを浴びる。眩しい。太陽が輝いている。空は快晴。どうやら目の前の坂道を登っていくらしい。

「うーんやっぱり太陽は気持ちいいね」

 エレナが歩きながら背伸びをする。白い陶器みたいな肌が、長袖からチラリと見える。

「エレナってサッカー部なんだよね? なんでそんなに肌白いの?」

「え? 考えたことないなあ。エルフだから?」

 いいなあ、エルフ。日焼けとか気にしなくていいんだ。紗月はしみじみと思った。

「血筋じゃないの? ドワーフにも、日焼けする人としない人がいるよ」

 ビクトールは今日も大きなハンマーを背負っている。

「ねえねえ、なんでハンマー持ってるの?」

 気になったので聞いてみた。というか、昨日からずっと気になっていた。

「ああ、このおお木槌(きづち)のこと? 男のドワーフはね、十歳になると、おじいちゃんが使ってた道具を受け継ぐんだ。それを〝お守り〟として、肌身離さず、ずっと持ち歩くんだ。そして自分がおじいちゃんになったら、孫のドワーフに渡すんだよ」

「じゃあビクトールの大木槌もおじいちゃんからもらったやつ?」

「うん!」

 ビクトールは、誇らしそうだった。たしかによく見ると、大小さまざまな傷が付いている。なにか修復したような跡もある。きっとその大木槌には、ビクトールの一族の〝想い〟が託されて、受け継がれてきたんだろうな、と思った。そう思いながら改めて大木槌を見ると、なんだか背筋が伸びる気持ちになった。

「そういえば、紗月はクラス分けテストどうだったの?」

 ビクトールが聞いた。楓がビクッと怯えた気がした。気のせいかな。でも狸耳がしゅんと垂れている気がする。

「テスト、散々だったよ。もう訳わかんないもん。特に魔力を回答用紙に込めれるだけ込めろって問題。あれどうすれば良かったの?」

「そりゃ紗月、全力で『込もれ〜』って念じるんだよ」

 紗月は開いた口が塞がらなかった。あれ、合ってたんだ。

「でもさ、魔力とか全然わかんないよ。私、魔法の才能ないのかな」

 喋っていて、どんどん不安になってくる。

「紗月はこの前まで非魔法使いだったんだもんね。でも僕たちとそんな変わらないよ。本格的な魔法の授業は、初等部の五年からなんだ」

 話を聞いていて、だんだん元気が出てくる。ビクトールって優しいな。

「でも昨日廃工場で、エレナが紙に呪いかけられてるって当てたでしょ? あれ私、全然わかんなかった」

 また不安になる。

「安心して。エレナがおかしいだけ。僕もわかんなかったよ」

 元気が出る。自分って単純だな、と思った。エレナはわざとらしく胸を張って、誇らしそうに歩いている。そんなエレナを見てビクトールが笑う。楓はいつの間にか三人の先を歩いていた。

 

          *

 

「着いたよ」

 ジュエリーショップ栄子——。看板にそう書かれたお店は、小高い丘の上にあった。なんの変哲もない、町の宝石屋さんという感じだ。

 店に入る。カランカランと音が鳴る。店内には宝石が並んでいる。でもいたって普通だ。

「いらっしゃいませ」

 おばさんが奥から出てきた。右手に大粒のダイヤの指輪を付けている。

「あの——」

 楓が喋ろうとした瞬間、おばさんが話を遮るように話しはじめた。

「あらあら鎌倉総合魔法学校の生徒さんね? 五年生かしら? じゃあお店も魔法使い仕様にしましょうかね」

 おばさんが指をパチンと鳴らす。手につけたルビーの指輪が光った。床がガタガタと震えはじめる。ショーケースや棚など、お店のありとあらゆるものが床にめり込んで消えていく。それと同時に、さっきとは全く違うショーケースや棚が床から突き出してきた。床の震えが収まるころには、お店が全く別の内装に変わっていた。エレナが口笛を吹く。楓はちょっとびっくりしている。ビクトールは楽しそうだ。

「ウチのお店こだわりの魔法よ。面白いでしょう?」

 変化した店内は指輪やネックレス、ピアスなどが壁一面に飾られていた。そのどれにも宝石が埋め込まれている。部屋の中心には、古くて高そうな木のテーブルと二脚の椅子が置いてあった。

「学校の指輪でいいのよね?」

「はい!」

 紗月以外がうなずいた。紗月も周りにならって、うなずいてみた。

「レイカちゃん? ちょっとレイカちゃん来てくれない? あっそうそう、あなたたちの名前教えてくれるかしら?」

 奥からレイカと呼ばれた若い女性が顔を出す。面倒くさそうな表情を浮かべている。四人は自分の名前を言った。

「名前覚えたレイカちゃん? 生徒の登録お願いね。五年生よ五年生。それと水晶玉持ってきてレイカちゃん!」

 おばさんはすごく楽しそうだった。紗月は正直、今からなにが起きるのかもよくわかっていない。

「なにが始まるの?」

 楓に聞いてみた。こういうときは楓に聞けば教えてくれるのだ。まだ出会って一日しか経っていないけど、楓がなんでも知っていることを、紗月は知っている。でも、おばさんが割り込むように答えた。

「自分の宝石を決めるのよ。あら、学校で話を聞いてなかったの?」

「は、はい……」

 昨日転入してきたので……と心の中で呟く。

「魔法使いはね、宝石が必需品なの。なんでかわかる人?」

 なぜか急におばさんの授業が始まった。楓が答える。

「宝石には魔力を増幅する力があるからです」

 そうなんだ。初耳だ。

「そうよ正解よ。魔法使いといっても、生身じゃあんまり魔法が使えないの。で、宝石を使って自分の魔力を増幅させて、初めて安定した魔法が使えるわけね。逆に非魔法使いでも、力の出し方を学んで、宝石を持ちさえすれば、多少は魔法が使えるはずよ。それくらい宝石は、魔法にとって重要なの」

 そういえば七宮先生や三条先輩の指輪が光っているところを見た気がする。あれって魔法を使ってるから指輪が光ってたのかな。

「宝石って高いでしょ。あれは魔法使いにとって必需品だから高いのよ。魔法使いはみんな買わないといけないからどうしてもねえ。でも最近非魔法使いにも人気でしょ。宝石。魔法使うわけでもないのに。それでますます値段があがっちゃってねえ。はあ。だから魔法使い用に純度の良い宝石の在庫を確保するのが大変なのよ。まぁこっちは儲かるからいいんだけどねえ。それでもやっぱり——」

 おばさんが早口で愚痴をこぼしはじめた。世間話が始まったぞ。

「とにかくあたしが言いたいのは、今年も学生ちゃんたちのために良い宝石を頑張って——」

 奥にいるレイカと呼ばれたお姉さんが、やれやれまただ、という手振りをした。

「栄子さん。話、脱線してます」

「あらやだそう? ええと、あー、そうそう。それで魔法使いが使う宝石にも種類があるんだけど、それは習った?」

 栄子さんと呼ばれたおばさんの授業が再開された。ビクトールが答える。

「ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドの四つです」

「おしいわ。そこにヒスイをいれて五つよ。基本的にはね。じゃあそれぞれの特徴がわかる人?」

 栄子さんは授業するのが楽しくなってきたらしい。ノリノリだ。楓が手をあげる。

「〝喜び〟を魔力に変換することに長けていて、〝強化する魔法〟が得意なダイヤモンド。〝怒り〟を魔力に変換することに長けていて、〝攻撃する魔法〟が得意なルビー。〝悲しみ〟を魔力に変換することに長けていて、〝防御する魔法〟が得意なサファイア。〝安らぎ〟を魔力に変換することに長けていて、〝治療する魔法〟が得意なエメラルド。〝全ての感情〟を魔力に変換することに長けていて、〝全ての魔法〟が得意なヒスイ、です」

「まるで教科書を丸暗記したみたいな答えね完璧よ大正解!」

 楓の顔が赤くなった。

「そしてね、人によって宝石の相性があるのよ。どの宝石が向いていて、どの宝石が向いてないか。面白いわよねえ。あたしは宝石が人を選んでるんだと思うんだけどねえ。例えば、ヒスイに選ばれる子はマイペースで芸術肌な子が多くて——」

「ゴホン」

 レイカさんがわざとらしく咳をした。

「あら。ええと、そうそう。それで、その相性を調べるために、一般的にコレを使うのよ」

 レイカさんが持ってきた水晶玉を、テーブルの上にドカンと置いた。

「じゃあ誰か座んなさいな」

 栄子さんが椅子にドサッと座った。

「一番乗り!」

 もう片側の椅子にエレナが座った。

「水晶玉に手をかざして、魔力を込める。すると、自分に一番適した宝石の色が浮かび上がるの。〝水晶鑑定法〟って言うのよ。さあ、やってみてちょうだい」

 エレナが水晶玉に手をかざす。水晶玉が赤い光を強く放った。

「ルビーが適性ね。ルビーに選ばれる子は元気で明るい子よ」

 エレナは嬉しそうに「おおーっ」と声をあげた。

「じゃあ次の子、はいあなた」

 栄子さんは紗月を手で呼んだ。仕方なく、紗月が座る。緊張する。水晶玉に手をかざして「魔力出ろ〜」と念じてみる。正直、半信半疑だった。自分にはやっぱり魔法の才能なんてないんじゃないか。今こうして手をかざしてはいるけど、水晶玉が光らないんじゃないかと思っていた。そして、やっぱり、水晶玉は光らなかった——。

 やっぱり私に魔法の才能なんて——なかった。恥ずかしくて、ここから逃げ出したくなる。そのとき、後ろにいるエレナが優しく両肩に手を添えた。

「紗月。指先に神経を集中させて。手のひらから、見えないなにかを出す感覚」

 言われた通りにやってみる。すると、水晶玉が光った。白く光った。その光を見たとき、紗月は自分にも魔力があるんだと初めて感じることができた。泣きそうなほど、すごく、嬉しかった。

「あなたを選んだのはダイヤモンドね。ダイヤモンドに選ばれる子は、素直で純粋な子」

 ダイヤモンド。私はダイヤモンド。飛び跳ねたいほど嬉しかった。私はダイヤモンド。というか私って、素直で純粋な子なんだ。

 次は楓が座った。手をかざす。水晶玉が青い光を弱く放った。

「これは……サファイアね。サファイアに好かれる子は真面目で賢い子なの」

 楓は顔には出さなかったが、尻尾がピョンピョン跳ねていた。

 最後はビクトールだ。手をかざすと、水晶玉が緑色に光った。

「エメラルドだわ。エメラルドに選ばれる子は、優しくて思いやりのある子よ」

 ビクトールはエメラルドと言われて、すごく喜んでいるようだった。弾けるような笑顔。紗月にはそれが印象的だった。

「——でもドワーフの男の子だから、ダイヤモンドかしら?」

 ビクトールの顔が曇る。紗月は栄子さんの言っている意味がわからなかった。

「エメラルドじゃないの?」

 紗月は聞いてみた。ビクトールは困ったように頭をかく。

「男のドワーフはね、みんなダイヤモンドにするのが伝統なんだ。相性とか関係なく」

「ええっ、なんで?」

 素直な疑問だった。ビクトールが苦笑いしながら答える。

「男のドワーフは成人したら、だいたいなにかの職人になるんだよね。食器を作る職人とか、武器を作る職人とか、家を作る職人とか。とにかくいろいろあるんだけど」

「ドワーフ製の品物って、どれも質がすごく高くて頑丈だし、とにかく人気がすごいの。その代わり値段もすごく高いけど」

 楓が補足してくれた。ビクトールは、少し誇らしいような、窮屈きゅうくつなような、なんとも言えない顔をしている。

「それで〝ドワーフの秘術〟って言われてる魔法たちを使って品物の質を高めるんだけど、ダイヤモンドが一番〝ドワーフの秘術〟に適してるんだよね。だから昔から、男のドワーフはみんなダイヤモンドなんだ」

 紗月の知らない世界だった。ドワーフはドワーフの、紗月の知らないルールがまだまだあって、紗月の知らない伝統があって、紗月の知らない喜びがあって、紗月の知らない苦しみがあるんだと思った。でも——。

「じゃあドワーフの坊ちゃん、ダイヤモンドにする?」

「ええと、はい——」

「ビクトールの選びたい方にしなよ!」

 勝手に口が動いた。そう言いたくてたまらなかった。きっと、さっき水晶玉が緑色に光ったときの、すごく幸せそうなビクトールの笑顔を見ていたからだ。

「紗月——。うん、ありがとう」

 ビクトールが紗月の目を見て言った。振り返って栄子さんに喋りかける。

「僕……やっぱり、エメラルドがいいです」

 栄子が満面の笑みで答える。

「エメラルドね。わかったわ」

 

          *

 

 レイカさんがダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドの指輪を一つずつ持ってきた。

「本当は宝石を身に付けられればネックレスでもピアスでもなんでもいいんだけどねえ。鎌総の学生は昔から指輪って決まってるのよ。はいこれ。みんな付けてみて」

 ダイヤモンドの指輪を手に取ってみる。男子にも女子にも似合いそうな、シンプルな指輪だった。小さなダイヤモンドが付いている。綺麗だ。紗月はそれを右手の薬指にはめた。指輪がキュッと縮まって、ぴったりのサイズになった。紗月は思わず声をあげた。

「わあ」

「指の大きさに合わせて多少は伸び縮みするようになってますからねえ。でももし丸太ぐらい太っちゃってサイズが合わないときは、またウチに来なさいね。調整してあげるから」

 指輪を眺める。ダイヤモンドが光を反射してキラキラと光る。嬉しい。私の指輪。とっても嬉しい。周りを見る。みんな同じ表情をしていた。みんな同じ気持ちなんだ。

「あっ」

 紗月はハッとした。お金。お金のことをすっかり忘れていた。紗月にはこんな宝石の指輪を払えるお金なんて、もちろん持っていない。

「あの……お金って……」

 おそるおそる聞いてみる。

「あらやだ。学校はそんなことも教えてないの? そもそもこの指輪は——」

「紗月。お金は払わなくて大丈夫だよ。学費にね、指輪代も入ってるの」

 楓が説明してくれた。栄子さんがせっかく喋る機会だったのにと恨みがましく楓を見ている。

 学費——という言葉を聞いて、雷に打たれたような気持ちになる。

 そうだ、紗月はすっかり学費のことを考えていなかった。お母さんが鎌倉総合魔法学校の学費を払ってくれているんだ。宝石の指輪も学費に含まれているなら、絶対すごく高いはずだ。紗月には想像できないような大金。おうちはそんなにお金持ちじゃないのに。きっと大変なはずなのに。でもお母さんはそんなこと少しも顔に出さずに、紗月を送り出してくれた。すごく、お母さんに申し訳なくなった。

 会いたい。話したい。感謝を伝えたい。

 今日寮に帰ったら、電話しよう。

 

 

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