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七 学生寮

「なんか……大変なことに巻き込まれちゃったね」

 廃工場からの帰り道。いつの間にか日が暮れかけていた。しばらく誰も喋らなかったが、ついにエレナが口を開いた。せきを切ったように、楓が泣きだした。

「ごめんなさい。ごめんなさい。私が兎田先輩を追いかけたりしなかったら……」

「しょうがないよ。だってあんなことになると思わなかったし。てかあたしこそノリノリだったし……楓は悪くない——」

「誰も悪くないよ。それに今こうやって、みんな無事で帰れてるじゃん! なんとかなったよ! もし二人が私に話合わせてくれなかったらどうなってたか……」

 紗月は自分で喋りながら身震いした。楓はしくしく泣いている。ビクトールは、廃工場でドーン先輩に凄まれてからずっと落ち込んでいるようだった。エレナは泣く楓の肩をさすっている。

「紗月、ごめん……。鎌倉大火災のこと——」

「気にしないで。私小さかったから、そのときのことあんまり覚えてないし」

「……ごめん」

 エレナって優しいな、と思った。そんなエレナの気遣いに、心がじんわり温まるのを感じる。

「でも……三条先輩たちが言ってることがもし本当だったら……私も、知りたい」

 誰もなにも言わなかった。鎌倉大火災。お父さんとお兄ちゃんが死んでしまった本当の理由。その日、一体なにが起こったんだろう。本当に、なにかが隠されているんだろうか。放火殺人事件かもしれない——。さっきの三条先輩の声が、頭から離れない。

 茜色の空。カラスの鳴き声が空に響いた。伸びた影を連れて、四人は帰り道を歩いた。

 

          *

 

「着いた」

〝田辺公園〟と書いてある。でもそこは、公園というよりも広場だった。遊具らしい遊具はほとんどない。辺り一面が草で覆われていて、公園の隅には木が生えている。なぜか紗月は、奥の大きな木に目を奪われた。ツタが絡まっていて、古そうな木だった。

 紗月は近くまで行って、大きな木を見上げる。大きい。でも、江ノ島でみた御神木はもっとずっと、ずっとずっと、大きかったな。

「大昔にこの辺りで、ものすごい大火事があったんだって。でも、この木だけは燃えなかったっていう言い伝えがあるんだよ」

 ビクトールが教えてくれた。つまり、とてもとても古い木らしい。

「というか、ここが、寮なの?」

 紗月はちょっと心配になった。もしかしてこの公園で野宿するってこと?

「ふふふ。あ、だれかおにぎり持ってない?」

 エレナが紗月の反応を見てニヤニヤしている。少しみんなに元気が戻ってきた気がした。

「これ使って」

 ビクトールがエレナに、コンビニのおにぎりを渡す。

「おーありがと」

 エレナは袋をむいておにぎりを取り出した。いつの間にか、大きな木の根元にぽっかり、人が降りれるくらいの穴が現れている。

「あれ? こんな穴あったっけ?」

 不思議がる紗月の隣で、エレナが木に近づいて、おにぎりを穴に転がし入れる。

「ちょっ、なにしてんの?」

 遊んでる? ちょっと粗末じゃない? 紗月はエレナにびっくりした。

「通行料なの」

 楓が言った。通行料?

「おにぎり出すと、穴が出る。おにぎりれると、穴にはいれる。なんでか知らないけど、讃組の寮への入り方ってこうなの」

「よし。穴が閉じないうちに入っちゃおう」

 四人は穴に入った。中は洞窟みたいになっている。薄暗い。下り坂だ。少し外よりひんやりとしている。紗月はエレナたちの後ろについて、洞窟を歩いていった。不思議なことに、さっきエレナが投げたおにぎりは、どこにも見当たらなかった。

 四人は行き止まりのドアの前まで来た。エレナがドアノブに手をかける。

「ようこそ、讃組の学生寮へ!」

 ドアが開く。眩しさに目が眩む。

 そこは学生寮の玄関ホールだった。とても広い。目の前にはラウンジスペースが広がっている。いろいろなソファや椅子にテーブルなんかが置かれていて、たくさんの学生がくつろいでいた。

「靴脱ぎなよ紗月」

 エレナたちはもう靴を脱いでいた。紗月も慌てて靴を脱ぐ。

「あれ?」

 玄関に脱いだはずの靴がない。

「玄関が勝手に靴をしまってくれるの。寮出るときに靴がまた出てくるんだ」

 楓が教えてくれた。なんて便利な玄関なんだ。

 エレナとビクトールとは別れて、紗月はそのまま楓に寮を案内してもらった。こっちの階段を下ると男子の居室の方へ。あっちの階段は女子の居室。丁寧にたくさん教えてくれたが、紗月は今日、もう頭がパンクしそうなほどたくさん情報を詰め込んだし、頭がパンクしそうなほどたくさんの出来事があったので、頭はとっくにパンクしていた。今度また聞こうと思った。

「ここが食堂だよ」

 食堂はおいしそうな匂いで満たされていた。突然、今日の朝からなにも食べてないことに気づく。お腹が鳴った。恥ずかしい。楓をチラッと見る。楓のお腹も鳴った。

「おーいここだよー」

 ビクトールが呼んでいる。エレナもいる。席を取ってくれていたみたいだ。四人はお盆を持って列に並ぶ。

「今日の晩ごはんは……〝ぶっ飛び焼き小籠包〟だ! うわぁ久しぶりだなぁ」

 厨房の前のホワイトボードに書かれた献立を眺めながら、ビクトールが幸せそうな顔をする。

「え? ぶっ飛び? なんでぶっ飛び?」

 聞いたことのない料理名。

「あーたしか、これを最初に作った人が食べてぶっ飛んだからとかだったような」

 ぶっ飛んだ? ぶっ飛ぶほど美味しいってことかな? 紗月はワクワクしてきた。

 厨房にいるのは、割烹着かっぽうぎのおばあちゃん一人だけだった。誰も触っていないのに、大鍋がおたまでかき回されている。大きな鉄鍋の蓋が勝手に開いた。良い香りが広がる。あれが焼き小籠包かな? 見た目は普通だ。きっと全部魔法で動いているんだろうと思った。フライ返しが勝手に焼き小籠包をすくいとり、飛んできた皿の上に乗せていく。やっぱり、魔法ってすごい。

「あの寮母のおばあちゃん、ただ者じゃないんだよ。いろんな伝説があんの」

 エレナがニヤニヤしている。

「それって都市伝説でしょ。たしかに魔法はすごいけど」

 楓があきれ気味にツッコんだ。エレナと楓がおばあちゃんの伝説について言い争っていると、あっという間に自分たちの番がきた。

「はい、お待ちどおさま」

 おばあちゃんがにっこりと微笑んで、お盆に晩ごはんを乗せてくれた。焼き小籠包、白米に野菜スープと肉じゃが。どれも美味しそう。

「いただきます」

 四人は席について箸を持った。紗月は空腹の限界だった。早く食べたい。焼き小籠包食べたい。

「あっ待って紗月——」

 楓が止めようとしたが遅かった。紗月は焼き小籠包をかじった。その瞬間肉汁がジェット噴射のごとく飛び出してきた。紗月は凄まじい肉汁の汁圧でぶっ飛んだ。

「待って待って、あーお腹痛い」

 エレナが腹を抱えて笑った。心配そうだった楓とビクトールもこらえきれず笑っている。肉汁まみれの紗月も立ち上がって、ぶっ飛んだ自分に笑った。

 

「あっデザートだ!」

 ビクトールが目を輝かせた。空中に、ふわふわと雲のようなものが、たくさん浮かんでいる。

「〝わたぐもあめ〟って言うんだよ」

 ビクトールがふわふわ浮かぶ雲をちぎって口に入れた。すごく美味しそうだ。楓も少しちぎってそれを食べる。エレナは雲に顔から突っ込んだ。近くを通った雲を、紗月もちぎってみる。コットンみたいだ。口に入れる。甘みがじゅわっと口いっぱいに広がった。美味しい!

「あれ?」

 紗月の目の前に、なにやら光る雲がやってきた。

「〝かみなりわた雲あめ〟だよ! それ、レア!」

 ビクトールが興奮して言った。エレナや楓も「わっ!」っと声を上げる。

 四人でそれを四等分にちぎり、「せーの」で口に入れる。体中がビリビリ痺れる。なんだこれ、楽しいぞ。あと、美味しい。ビクトールは食べた量が多かったのか、天然パーマが静電気で膨れ上がって、口からプスプスと煙が出ていた。その格好が面白くて、みんなでケタケタ笑った。でもまだ痺れているので、笑い声が震えて宇宙人みたいになった。それがおかしくって、ますます笑った。

 

          *

 

 食事を終えてみんなで一息ついていると、楓が「案内を続ける」と席を立った。内心まだあるのと思ったけれど、楓には言わないでおいた。食堂でエレナとビクトールに別れを告げて、紗月と楓は寮を回った。

「次は〝行っちゃいけない場所〟を案内していくね」

 なんでも学生寮の歴史は古く、増改築を無計画に繰り返したため、迷路のように入り組んでしまっているらしい。そのため楓にも入ったことのない部屋や行ったことのない通路がたくさんあるのだという。そういう場所に気軽に行くと、迷って戻ってこれなくなるため、楓は行かない方がいい場所を逆に案内するというのだ。

 紗月はもともと物覚えが悪いほうだ。漢字を覚えるのが苦手。楓の教えてくれた〝行っちゃいけない場所〟なんてすぐ忘れてしまいそうで、すごく怖くなった。できるだけ誰かと行動しよう。そうだ。うん。そうしよう。紗月は心に決めた。

 

「じゃあ最後に、紗月の居室に行くよ」

 スタスタ歩く楓についていく。もう紗月はとっくにクタクタだ。もしかして生徒会って歩くの速くないと入れないのかな? 

「居室は四人部屋で同じクラスの子とルームメイトなの」

 それを聞いて紗月は、ワクワクよりも不安が膨らんだ。ルームメイトの子と仲良くなれなかったらどうしよう。胸がどきどきしてくる。

「じゃあ私はここまでだから」

 楓はドアの前で立ち止まった。どうやらここらしい。

「あの……私の案内、どうだった? 大丈夫だったかな?」

「うん、すごく丁寧だったよ。楓、ありがとう」

 むしろ丁寧すぎて頭がパンクしてるよ、という言葉は胸にそっとしまった。

「そっか……うん、良かった。じゃあね紗月! おやすみ!」

 楓は嬉しそうに去っていった。楓も人に案内するのは不安だったんだと思った。もしも自分が楓の立場だったら、ちゃんと学校や寮を案内できただろうか? いやできないな絶対。寮を案内してる途中に、きっと自分が迷って帰れなくなるな。楓ってすごいな。

 ドアに目線を戻す。緊張する。鼓動が速くなる。よし——。紗月はドアを開けた。

 部屋は思ったより広かった。二段ベッドが右奥と左奥にそれぞれ一台ずつ置いてある。手前には勉強机。七宮先生に預けたキャリーケースもある。届いた紗月の教科書なども積まれていた。部屋の中に、さっき食堂で別れたはずのエレナがいた。

「一緒の部屋じゃん!」

 どうやらエレナとルームメイトみたいだ。

「良かったぁ」

 初めての寮生活で、さっきまで不安がいっぱいだったのに、急になんとかなる気がしてくる。同じ部屋にエレナがいるってだけで、こんなに不安じゃなくなるなんて。

「紗月ちゃんよろしくー!」

 右奥の二段ベッドの上から声がする。そうだ。ルームメイトがもう二人いるはずだ。

「私相沢メグ! 紗月ちゃん普通の学校から来たんだよね? それって——」

 メグちゃんはとにかく喋りまくりだった。讃組では途中で七宮先生に中断させられてあまり話を聞けなかったので、もっと話を聞きたくてウズウズしていたらしい。永遠に質問をぶつけられ続けた。紗月は話を逸らすように、メグちゃんの下のベッドのルームメイトにも挨拶をした。

「源田京子。よろしく」

 反対に京子ちゃんは、すごく無口だった。狐耳。狐憑きの女の子だ。二段ベッドの下で本を読んでいる。

「ねえねえ紗月ちゃん、じゃあ紗月ちゃんのお母さんはどんな——」

 紗月は、メグちゃんの終わらない質問攻めから逃げるように寝る支度を済ませ、ベッドに潜り込んだ。紗月のベッドは左奥の二段ベッドの下だった。上はエレナだ。すぐに消灯時間になった。灯りが消える。京子ちゃんのベッドのカーテンから灯りが漏れている。きっと読書を続けているんだ。メグちゃんはすぐに寝たみたいだ。寝息が聞こえる。さっきまで嵐のように喋ってたのに。

 紗月も寝ようと目をつぶってみたものの、寝れない。今日一日、たくさんのことがありすぎた。不安なこともワクワクすることも。でもやっぱり、暗闇に一番浮かんできたのは、誓約書のことだ。誓約を破ったら死ぬ——考えれば考えるほど怖くなってくる。不安が紗月を押しつぶしそうになる。

 いつの間にか、京子ちゃんのベッドの灯りが消えていた。寝息が聞こえる。メグちゃんも京子ちゃんも寝たみたいだ。

「エレナ、起きてる?」

 上に向かって小声で聞いてみた。この不安を、聞いてほしかった。

「やっぱ紗月も寝れない?」

 上のベッドから、エレナの顔がひょこっと現れた。

 エレナはそのままスルッと音を立てずに紗月のベッドに降りてきた。まるでスパイ映画の主人公みたいだ。紗月も身を起こす。

「誓約書……どう思う?」

「やっぱり不安だよね。あたしも」

 エレナも紗月と同じ気持ちだった。それだけで少し、楽になる。静まりかえったベッドの中で、隣に同じ悩みを共有できる相手がいることに、紗月は心の中で感謝した。同時に、楓やビクトールは、きっと今すごく心細いんじゃないかなと思った。なんだか申し訳なくなった。

「でもさ、死ぬってことはないと思う。流石に」

「なんでそう思うの?」

「いくらなんでも呪いが強すぎるもん。たぶん高等部でもそんな強い呪いかけられる人、ほとんどいないよ」

「ほんとに?」

 希望が少しずつ膨らんでくる。

「でも、死ぬ一歩手前くらいのひどい目に遭うとは思うな、誓約破ったら。それくらいの呪いは感じた」

 希望が急速にしぼんでいく。

「ほとんど一緒じゃん……」

 紗月はため息混じりにどさっと枕へ倒れこんだ。「たしかにそうだね」と笑い混じりに言いながら、エレナもその場に丸まって横になった。

 紗月は目をつぶった。お母さんが浮かんだ。お母さんのことを想うと、胸がきゅうっとなる。寂しくてたまらなくなる。涙が出そうで、頭を起こす。足元に、丸まって寝ているエレナがいた。もう寝息を立てている。

 その寝顔を見ていると、なんだかちょっとだけ、寂しさが和らいだ。

 


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