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二十二 写真

 それから紗月たちは、毎日のように三条先輩の病室に通った。ときどき、ドーン先輩や他の文芸部とも、そこで顔を合わせた。最初は怒鳴られるかと思ったけど、そんなことはなかった。一度ドーン先輩に、「ありがとな」と言われた。紗月はびっくりしたけど、その言葉を心に大切にしまった。

 その日、紗月は一人でお見舞いに行った。受付で看護師さんに、「さっきちょうど意識が戻ったんです」と言われた。聞き終わる前に、走っていた。嬉しかった。三条先輩が元気になった——。喜びで胸がいっぱいになりながら、病室のドアを開けた。

 三条先輩は泣いていた。

 打たれたような衝撃が走った。紗月はその涙を見て、自分がしたこと、しようとしたことが本当に正しかったのか、ますますわからなくなった。平衡感覚を失ったみたいに、ふらふらと心が揺れた。

「紗月が、みんなが助けてくれた命だ。私は、生きてみようと思う。それが紗月への、せめてもの恩返しだ。でも、私はやっぱり苦しい。真冬がいないことに耐えられない。自分に耐えられない。それでも、もう少し、頑張ってみようと思う」

 三条先輩が退院してからは、まだ会えていない。ときどき昼休みに、中庭のあのベンチに顔を出す。でも、三条先輩の姿はない。

 

 あれからビクトールは、なぜか他のドワーフにエメラルドの指輪のことで目の敵にされなくなった。すごく不思議に、ぴたっと止んだ。一度、理由をビクトールに聞いてみたら「ドーン先輩が止めてくれてるみたいなんだ」と言った。

 楓は京子ちゃんと仲良くなった。ちょっとだけ。ここ最近の京子ちゃんは、前よりも表情が明るくなった気がする。楓は相変わらず勉強がすごい。でも、最近は少しずつ、魔法も。特に結界魔法はめきめき上達してるみたいだ。

 エレナは相変わらず人気者だった。この前のサッカーの大会でも結果を残して、全校集会で表彰されていた。でも源田先輩とはぎくしゃくしているらしい。あれからパスをくれなくなったとぼやいていた。紗月が心配そうに聞いていると、「だからあたしもパスだしてないよ。目には目を!」と言った。紗月は笑った。

  

           *

 

「忘れ物ない?」

 エレナがパジャマ姿で紗月に聞く。紗月は右に行ったり左に行ったりで大忙しだ。それをまだ眠そうに見ながら、エレナはあくびをする。

「よし、これで大丈夫!」

 久しぶりに使うキャリーケース。来たときもこんなに詰まってたっけ? と不思議に思うくらい、パンパンに荷物が詰まっている。

 今日は宮崎に帰る日。今日から二週間くらいの春休み。それが終わったら、紗月は六年生になる。

「村雨はしっかり預かっておくからね。よろしくね村雨」

 エレナがいじわるそうな顔で村雨に笑いかける。村雨はなにも言わない。流石に宮崎にまで刀を持っていけないので、村雨はここに置いておくことにした。村雨はたぶんねている。エレナは帰省しないみたいで、村雨の話し相手を引き受けてくれた。

「あっ! やばい行かなきゃ!」

 時計を見るともう出発の時間だった。急いで部屋を出て、ラウンジスペースへ向かう。ラウンジスペースには、同じく帰省する生徒たちであふれていた。

「やあ」

 声をかけたのは、キャリーケースを持ったビクトールだった。隣に大きなリュック——シャロンが隠れられそうな——を背負った楓もいる。紗月とエレナは挨拶を返す。楓は気分が悪そうだ。

「楓、大丈夫?」

「うん。ほら、前言ったでしょ? あんまり親と仲良くないって」

 楓は、家に帰るのが怖いみたいだった。

「嫌になったらすぐ帰ってきなよ! あたしと村雨が待ってるからさ」

 エレナの一言に、楓がふふっと笑う。

「帰ってくる、ね。うん。嫌になったら帰ってくる」

 楓が微笑む。もう、いつもの楓の顔。言葉って魔法だなと思った。

 

「では行きます! 押さないで!」

 先生の声。人だかりが動きはじめる。手を振るエレナ。

「紗月、またね」

 ちょっとの間、お別れ。でもまた会える。紗月は手を振り返す。

「エレナ、またね!」

 

           *

 

 宮崎空港のロビーに着く。奥のほうで、こちらに手を振っている人がいた。

「お母さん!」

 もう、ずっと会っていなかったような感覚。紗月にとってこの一年は、すごく長くて、濃くて、あっという間だった。お母さんの顔を見ると、つい笑みがこぼれる。お母さんに会えたことが本当に嬉しい。電話の声よりも、ずっと、お母さんの声。でも顔は——。

「ちょっと老けた?」

 怒られた。お母さんの車で家へと帰る。帰り道、紗月はずっと、ずうっと学校の話をした。もう電話で話していたことも、もう一度全部話した。

「素敵な友達ができたんだね」

 運転しながらお母さんはずっと微笑んでいた。微笑みながら、目が潤んでいた。

「お母さん、嬉しいよ。紗月を転入させて、良かった」

「うん」

 紗月は恥ずかしいような、嬉しいような気持ちで、にっこり笑った。

 

「ただいま」

 家に着く頃には、すっかり日が暮れていた。懐かしい。自分の家。一年前と変わっていない。リビングの窓から見えるポスト。ちょうど今くらいの頃は、手紙をずっと待ってたっけ。テーブルを撫でる。ここに九尾様が飛び乗って、お菓子を——あっ、あのとき食べてたの、鳩サブレーだ。紗月は思わず笑った。

「ハッピーバースデー!」

 びっくりして振り返る。お母さんがケーキを持っていた。ケーキには十一本のロウソク。火が灯っている。

「覚えてたの?」

「当たり前でしょ」

 お母さんが、少し悲しそうに笑う。「でも、一年会ってなかったよ?」と聞くと、「なら余計忘れないわよ」と笑う。ケーキをテーブルに置くと、お母さんが電気を消す。暗闇に十一本の灯りが浮かび上がる。お母さんがバースデーソングを歌ってくれる。紗月はちょっと恥ずかしがりながら、それを黙って聞く。ゆらゆら揺れる、十一本の灯り。紗月は大きく息を吸い込んで、ろうそく目がけてふうっと吐いた。

 

「紗月に良いものがあるの」

 ケーキを切り分けながら、お母さんが言った。紗月は誕生日プレゼントかと思って心がおどる。そんな紗月を見て、お母さんが微笑む。

「誕生日プレゼントとは別よ。はい、これ」

 お母さんが出したのは、一枚の写真だった。

「押入れの中を片付けてたら、それが出てきたのよ! おばあちゃんがしまってたのね。ほら、事故で写真のアルバムとか全部燃えちゃったじゃない? だからこれ見つけたときは驚いたわよ」

 どうやらそれは、家族写真のようだった。男の人と、女の人。少年と、その腕に抱き抱えられた赤ちゃん。四人が写った家族写真。紗月はその中の一人に目が釘付けになる。

「写真見るの初めてよね? 今までお父さんとお兄ちゃんの顔は記憶の中だけだったろうから、想像と違うんじゃない?」

 嘘だ。そんなはず、ない。

「これがお父さん。かっこいいでしょ? それで、これが私。うわあ若いなぁ」

 少年。白い髪の少年。私はこの人に会ったことがある。それも最近。でも、そんなことあるはずがない。だってもう、死んでいるんだから。

「それでその下にいるのがあんたとお兄ちゃん」

 今お兄ちゃんと呼ばれた人。死んだはずのお兄ちゃん。その顔の面影。年は違う。でもたしかにそれは、江ノ島で見た白い髪の青年だった。

「大丈夫? 顔、青くない? あっ、赤ちゃんの紗月がこんな丸い顔でびっくりした? それともお兄ちゃんの顔が想像よりかっこよくてびっくりした?」

 あのとき「ひさしぶり」と言った意味——

「でもたしかにこの二人は——」

 お母さんは笑いながら指をさす。小さな赤ちゃんと、それを抱き抱える少年を見ながら、懐かしそうに、名前を呟く。


「紗月とカフカよ」


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