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邸宅の前には王立治安局の兵が立ち、門は固く閉ざされていた。
馬車が止まると、エドワードはしばし扉に手をかけたまま黙した。
「……どんな顔をしていけば良いんだ」
隣で同じく馬車を降りる準備をしていたアウレリウスが、肩をすくめて笑う。
「その綺麗な顔のままでいいんじゃないか?」
「そういう話をしているんじゃない」
わずかに苦笑するエドワード。
次の瞬間にはすでに表情を引き締め、王弟としての顔を整えていた。
門の前に進むと、隊長格の治安局員が一歩前に出て深く頭を下げる。
「王弟殿下、特別監察官殿。副監察官殿。ご足労いただき恐縮です」
「ご苦労。――中を案内せよ」
声は低く、落ち着いて。先ほどまでのくだけたやり取りが嘘のようだった。
◇◇◇
邸内は不自然なほど静まり返っていた。
けれど、その静けさの中にも、几帳面に磨かれた調度や整った装飾があり、ありふれた貴族の屋敷の品格を感じさせる。
重厚な階段を上り、導かれるまま二階のバルコニーへ。
「目撃者は?」
「使用人が数名。皆、こう証言しております――令嬢は殿下との縁組を心から喜んでおられた、と。自ら命を絶つようなお方ではなかったと」
エドワードは黙って頷き、欄干に手を置いた。
冷えた石の感触。頬にかすかな風を感じる。
下を覗けば、庭園の一角に花が散らばっている。
血の痕跡はすでに拭われ、花弁と土の色がただ生々しく残るだけだった。
「不審な点は?」
「現時点では見つかりません。欄干に手掛かりもなく、足場に乱れもない。……事故として処理せざるを得ないでしょう」
その言葉に、アウレリウスが横目でエドワードを窺った。
エドワードの眉がかすかに寄る。
「……兄上の仰るとおり、醜聞になりかねん。だが、このまま事故と片付けるのは早計だ」
「御意」
短いやり取りのあと、二人は踵を返した。
背後で、ふいに衣擦れのような音がした気がした。
振り向いたが、誰もいない。風だけが、静かに廊下を抜けていった。
◇◇◇
再び馬車に乗り込む。
車輪の音が石畳を打つ中、エドワードが低く呟いた。
「……どこを見ても、やはり事故にしか見えない」
「そう見えるのなら、それが結論だろう」
「――いや。心が否と告げている」
窓の隙間から吹き込んだ風が、膝の上の書類をふわりと揺らした。
エドワードはそれを押さえながら、重く瞼を伏せた。