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 夜の離宮。

 なぜか会えるという、甘美な確信があった。

 

 バルコニーへの扉を開けた途端、柔らかな風が吹き込み、白い薔薇の花びらが宙を満たした。

 まるでこの瞬間を待っていたかのように。


 彼女はそこにいた。

 白銀の髪は淡い月光を宿し、翠の瞳は潤んで輝いていた。

 緑色に染まりつつある自分の瞳を、真っ直ぐに映してくる。

 彼女は浮いているのか、エドワードの頭を包むように抱き締めて、甘やかなキスを落とした。

 脳天から痺れるような甘い刺激。

 見つめ合えば、互いの境界もぼやけるような錯覚をおぼえる。

 知らずに、自分の瞳からも涙が溢れる。

 

 待っていた。共にいられる日を。

 甘い夢を見ていた。

 このまま溺れてしまいたかった。

 

 もう一度キスをしようとしたその柔らかい唇を、手で制する。


「……君は、シルフなのか」


 声にした途端、彼女の翠の瞳から、ポロポロと涙が落ちた。

 それはエドワードの頬に落ち、首筋を伝う。


「知られてしまったのね……」


 か細い声。

 やめてくれ。これ以上心を揺さぶるのは。


「君を愛している」

 伝えてはいけない。愛してはいけない。


「もう会えない。掟だから」


 彼女を抱き寄せる。冷たく、柔らかい肌。


「風が止まれば、私は散る花びら。あなたに触れることもできない」


「今、触れている。抱きしめている。君はここにいるではないか!」

 触れてはいけない。離れなければいけない。


「世界樹よ、どうか忘れないで。風も花も、あなたを愛して散ったことを」


 花びらがざわめき、足元を覆っていく。

 風はまるで彼女の嗚咽そのもののようだった。

 腕の中にあったはずの体は、いつの間にか欄干の上に消え入りそうに立っている。


「やめてくれ。行かないで」

 追い縋ってはいけない。求めてはいけない。愛してはいけない。


 愛してはいけなかったのに。


 言葉が涙に変わる。

 嗚咽は声にならず、胸を掻きむしるように痛む。


「私を選んで。私だけを」


 彼女が白い腕を伸ばし、涙に濡れた翠の瞳から涙が零れ落ちる。

 その瞳に囚われてしまう。

 彼女が泣いている。

 お願いだ、泣かないで。


 エドワードはギュッと目を瞑る。


「……君を、選びたい……!」


 翠の瞳に吸い込まれそうになりながら、それでも足掻いた。


「でも……選んではならない……! 僕は、人間だ……! 王族だ……!

 僕はここにいなければならない……!」


 その叫びに、風が止んだ。

 花びらが宙に凍りついたように動かない。


 彼女は泣きながら微笑んだ。

「あなたは正しい。だから、私はもう行かなくては。あなたを愛してしまったから」


「……っ! 待ってくれ!! 置いていくな!! 君を愛しているんだ……!」


 伸ばした手を、風がやさしく払いのける。

 白い薔薇の花びらが最後の雪のように降り注ぎ――彼女は消えた。



 静寂。



 膝をつき、エドワードは胸を掻きむしり、慟哭した。


「うああああああああああ――――っ!!!」


 声は夜空に吸い込まれていく。

 涙で濡れた床に、ただ一枚、白い花びらだけが残っていた。

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