20
シャンデリアが燦然と輝き、無数の光が晩餐室を満たしていた。
天井の漆喰には繊細な文様が彫られ、長大なテーブルの上には銀器と燭台が整然と並び、色とりどりの料理が宝石のように輝いている。
コンスタンティンが杯を掲げる。
「乾杯」
「「「乾杯」」」
王女オクタヴィア、王弟のマクシミリアンとエドワード。王族四人がこうして揃うのは珍しいことだった。
「どうだ、皆、調子は」
兄王の問いに、オクタヴィアが棘を含んで答え、マクシミリアンは律儀に「調子はいいです」と答える。
オクタヴィアは軽口を混ぜて弟を褒め、マクシミリアンは真っ赤になり、コンスタンティンは泰然と頷いた。
それはいつもの家族のやり取り――だが、エドワードの胸にはどこか遠い霞がかかっていた。
笑い声も、器の触れ合う音も、耳に届いてもすぐに掻き消えていく。
「エドワードは?」
問いかけられて、ようやく我に返る。
「僕は……第三者監察院の仕事に、まだ追われております」
「いや、お前にはよく働いてもらっている。これからも頼むぞ」
「……はい。兄上」
口に出した言葉は確かに忠誠だった。
――けれど、その裏で何か別の声が胸を撫でていく。
誰の声かは考えまいとした。考えれば、理性が揺らいでしまう気がしたから。
◇◇◇
晩餐が終わり、王族たちが馬車乗り場へと向かう。
珍しく、コンスタンティンが弟を見送った。
「エド」
その声に振り向くと、視線が交わる。
同じ空色を宿しながら、兄の瞳は鋼のごとく冷ややかで揺るぎない。
「エド、私はお前に以前告げたな。
我は王となる。ゆえに誓おう。
我が治世を支える柱の一つとして、汝を我が手の下に置く。
我が剣は汝を護り、我が影は汝を覆う。汝は我が同胞なり」
朗々と詠うような声が、宵闇に澄んで響いた。
「お前は私のものだ。私の治世を支えるのに、お前の力が必要だ。……何に心を囚われている」
その問いに、胸が強く締めつけられる。
心はどこかに惹かれている――けれど、それを形にすることはできない。
「私からお前を奪おうとする者は、何者だ!」
圧倒的な覇気が放たれ、膝が崩れそうになる。
「あ……兄上……?」
その瞬間、足元から風が舞い上がった。
白薔薇の花びらが宵闇に舞い、痺れるような甘い香りが空気を満たす。
コンスタンティンは静かに腰の剣を抜いた。
「やめてください! 兄上!」
エドワードにはわかる。
――風は、自分を守ろうとしている。
それが後戻りできない証であることも。
恐怖と陶酔がないまぜとなり、彼は堪えきれず膝をつき、コンスタンティンの腰に縋りついた。
「兄上……! どうか……やめて!」
「お前は私の弟だろう! しっかりしろ!」
剣が鞘に戻ると同時に、風も花びらも消えた。
うずくまって泣く弟を、兄は覆いかぶさるように抱き締める。
「行くな。私のもとにいろ」
震える声で、彼は誓った。
「……兄上。僕は、生涯あなたに忠誠を誓います……」
その誓いを嘲笑うかのように、冷たい風が啜り泣くように吹き抜けた。
エドワードはただ、兄の腕の中で震えていた。