19
監察院での勤務を終え、一度帰宅して正装し、アウレリウスを待った。
またもや簡潔な一文――「晩餐会を開く。来られたし」。兄王からの手紙はそれだけだった。
待つ間、バルコニーに出る。
今日は風がなく、妙に寂しい。
「……シルフか」
あの後も資料を読み込んだが、得られるものは少なかった。
ただ、自分が危うい場所に立っていることは理解している。
むしろもう、引き返せないとすら思っていた。
「いっそ、囚われてしまってもいいのではないか」
空に手を伸ばす。
けれど、そこには何も触れられなかった。
◇◇◇
ノックの音。
「お迎えがきましたぁ」
フランツを従えて玄関ホールに出る。
仕上げにマントを掛けられ、使用人たちの声を背に受けた。
「行ってらっしゃいませ」
本来なら一人ひとりに微笑みを返すところだった。
いつもの彼なら、軽く頷くだけでも気持ちを示した。
だがこの日は、振り返ることなく歩み去った。
馬車の前で、アウレリウスが恭しく一礼する。
「今日はどっちで参加するんだ? 僕の侍従か? 姉上のパートナーとしてか?」
「侍従として壁に侍っています。あなた方の最高級の食事を生唾飲んで見守りますよ」
「アウルだって曲がりなりにも侯爵だろうに」
「まだ小侯爵なんだよな。父上がなかなか引退されないので」
「まだまだ卿には頑張ってもらいたいからな。仕方ないね」
二人で馬車に乗り込み、正面に座った。
アウレリウスが壁にもたれていたが、ふと目を見開いた。
突然、手を掴む。
「エド」
「何」
「お前……」
「だからなんだよ」
アウレリウスは何かを振り切るように首を振る。
「行くな。ここにいろ」
「え?」
「俺はお前がいなくなったら……泣くどころの騒ぎではない」
「何を言って……」
アウレリウスは手を離し、窓の外を睨むように見つめ続けた。
エドワードの空色の瞳には、かすかに緑が滲んでいた。
――本人は、それに気づいていない。