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 第三者監察院の応接室は、他の部屋よりも整然としていた。

 深緑の壁紙に重厚な木の腰壁。マントルピースの上には必要最低限の置物が並び、壁にかかった古い油絵も色褪せている。大きな窓は曇りガラス越しに外の霧を映し、薄い光が差し込んでいた。整えられているのに、どこか冷たい。まるで霧のように、静かで湿った空気が漂っている。


 そんな部屋で、エドワードはソファに腰掛け、客人を待っていた。


◇◇◇


「お久しぶりでございます! 輝ける知性! 海底より深い見識! 我らに愛を注ぎし永劫の煌めき! 天上のお方――エドワード王弟殿下にご挨拶申し上げます!」


「……あ、はい。お久しぶりです。白き契約の会、代表のヨハン殿」


 アウレリウスが呆れた顔で二人の間に入る。この熱量は、確かに少し怖い。


 ヨハン代表はかつてヴァルハラ帝国との戦争で魔術結界を張り、大いに活躍した人物。失われた魔術研究と保護に人生を捧げ、王国の古い魔術研究塔を「聖地」とも呼ぶ男だった。

 白き契約の会はかつて国籍を持たぬ宗教団体だったが、今や王国に帰化し、塔は再建され「王立魔術大研究所」として再び稼働する。その所長に任じられたのが、このヨハンである。


「こうして再びヴァレンシュタイン王国の地を踏み、さらに移住できるとは……感無量!」

「そう……。我々はあなた方を歓迎します」

「……っ! 殿下ぁ! いてっ!」


 テーブルを飛び越えてエドワードの腕を掴もうとしたヨハンの手を、アウレリウスが叩いた。

「まぁ、冗談はさておき」

「冗談だったんだ……」

「いえ、敬愛は本心でございます!」


 アウレリウスは深くため息をつき、エドワードは「王弟殿下」の微笑みを保つのに苦労していた。


「王国に帰化させていただき、男爵の爵位まで賜り……。これはもう誠心誠意、陛下と王族の方々に尽くす所存です」

「ありがとう。期待している」


 ヨハンの目がうるうるしている。

「ところで……お人払いをお願いできますか?」


 空気が変わった。


 アウレリウスが従者たちを下げる。

「私は残った方がいいですか?」

「はい、いていただければ」


 三人だけになると、ヨハンの顔は朗らかさを消し、鋭さを帯びた。


「……魔術とは異なる、人ならざるものの気配を殿下から感じました。お気づきですか」


 エドワードの血の気が引く。

 アウレリウスが静かに呼吸を整え、代わりに口を開く。

「それは、具体的に?」


 ヨハンはじっとエドワードを見つめた。

「妖精ではない……精霊でしょう。しかもかなり力のある部類の」


「精霊……」

 エドワードの唇が小さく動いた。


「お気をつけください。あれらは人とは異なる理で生きる者。常識は通じません。心を許せば――あちらの世界へ引きずり込まれる」


「過去に、そういった例が?」

「大変希少ですが、存在します」

「資料があれば、拝見できますか」

「もちろん。すぐに届けましょう」


◇◇◇


 ヨハンが下がっても、エドワードはソファから動けなかった。

「エド……」


 アウレリウスが肩に手を置くと、細かく震えているのがわかる。

「精霊……だと……?」

「エド、しっかりしろ!」

「僕は……精霊に魅入られているのか」


 アウレリウスは正面に回り、両肩を強く掴んだ。

「エド! まだ断定はできない。これから一緒に調べよう。気を持て!」


 虚ろだった瞳が、ようやくいつもの理知的な空色に戻る。


 ――その瞬間、窓がカタカタと鳴った。

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