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 昼間、宿直室で少し眠れたせいか、久々に体が軽かった。


 夜。

 書類を眺めながらグラスを揺らす。

 内容は頭に入らない。ここ数日の遅れを取り戻さねばならないのに、心はどこか遠くにあった。


 眉間を揉み、ふと窓に目をやる。

 新しい花瓶が置かれていた。

 風もないのに、花がかすかに揺れたように見えた。


 立ち上がり、窓を開ける。

 強い風は吹かなかった。

 代わりに、弱々しく冷たい風が髪を撫でていった。


「……私の世界樹」


 びくりと肩が震える。

 振り返れば、そこに彼女がいた。

 床一面に白い薔薇が咲き乱れている。

 座り込んだ彼女のドレスの裾は、薔薇に滲むように溶け込み、終わりが見えなかった。


「なぜ……。なぜ来てしまったんだ」


 彼女はそっと視線を伏せ、震える声を落とす。

「世界樹よ。私を見捨てないで……。

 白薔薇は散っても、また蕾をつける。

 だから……何度散っても、私はあなたの薔薇でいたい」


 一筋、頬を伝う涙。

 堪えるように唇を噛み、必死に声を押し殺していた。


「私を……見捨てないで」


 その囁きに、エドワードは息を飲み、一歩、また一歩と彼女に近づく。

 ――行ってはいけない。

 ――抱きしめなければ。

 矛盾する声が頭を駆け巡り、何も考えられなくなる。


 気づけば跪き、華奢な肩を抱き寄せていた。

 花弁のようにしっとりと、氷のように冷たい肌。


「……私の世界樹。私だけを咲かせて」


 囁きに導かれるように、そっと口づけを落とした瞬間、世界から音が消えた。


 甘美な沈黙の中、彼は彼女を求め、夢中でその白薔薇を散らした。


◇◇◇


 夜が明ける。

 窓から淡い光が差し込むと、床を覆っていたはずの薔薇は跡形もなく消えていた。

 ただ冷え切った花瓶と、乱れた部屋だけが残されている。


 ベッドの縁に腰を下ろし、エドワードは顔を両手で覆った。

 静かに、声もなく涙がこぼれ落ちる。


 明け方の光に照らされながら、彼は孤独の中で静かに泣き続けた。

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