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 あの夜から、エドワードは眠れなくなっていた。

 仕事にも集中できず、執務机でうつらうつらすることも増えていた。


「なぁ、エド」

 気づかぬ間に近づいてきたアウレリウスに肩を叩かれる。

「頼む、休んでくれ。そのままじゃ体がもたない」

「どうせ寝られやしない」


 首を振る。その小さな動きさえ堪えるほど、身体は疲れていた。


「宿直室が空いてる。人払いしておくから行くんだ」

「アウルも……来てくれるか?」

「え!?」

「一人じゃダメだ。引っ張られてしまう。耐えられない」


 アウレリウスは小さくため息をついた。

「わかったよ。ついてってやる。ほら、立て」


◇◇◇


 廊下を歩くとき、エドワードは最大限「王弟殿下」として振る舞った。

 すれ違う職員に挨拶されれば、いつも通り軽く頷いて返す。

 その仮面が、ひどく重かった。


◇◇◇


 宿直室に着くなり、簡易ベッドに倒れ込む。

「……ベッドが硬い」

「改善させるよう伝えるよ」


 仰向けに寝転ぶ。古い建物の天井にはシミ。

 壁にかかる小さな壁時計が、カチ、カチ、と妙に大きな音を立てていた。

 明かり取りの小さな窓しかない狭い部屋。

 その薄暗さが、むしろありがたかった。


「手」

「ん?」

「手を握ってて」

「こどもか?」


 文句を言いながらも、アウレリウスは手を握った。

 その温もりに、ゆっくり息が抜けていく。


「エド……俺はお前に余計な負担をかけてしまったな」

「そんなことない!!」


 ガバッと起き上がったところを、アウレリウスに押し戻される。


「そんなことない。アウルがいなければ、僕はもうとっくに正気を失ってただろう。

 むしろ危険に晒したのは僕の方だ。謝るべきは……」

「謝るな。お前は謝らなくていい。……ほら、目を瞑れ。少しでも寝ろ」


 目を閉じる。


 白銀の髪がちらつく。

 あの日落ちた真珠の涙。

 可哀想に。なぜ抱きしめなかった。なぜ――。


「……っ」


 閉じた瞼から涙がこぼれる。

 握られた手に力がこもる。

 あちらに行ってはならない、と言わんばかりに。


 忘れようとするほど、愛しさが込み上げる。

 涙は次々に溢れ、髪を濡らした。


「……会いたい……」


 狭い部屋に静かにこだました。

 灯りに照らされた長いプラチナブロンドが枕に散り、淡く光を返す。


 エドワードは気づかなかった。

 隣でアウレリウスもまた、声を殺して涙を落としていた。

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