15
あの夜から、エドワードは眠れなくなっていた。
仕事にも集中できず、執務机でうつらうつらすることも増えていた。
「なぁ、エド」
気づかぬ間に近づいてきたアウレリウスに肩を叩かれる。
「頼む、休んでくれ。そのままじゃ体がもたない」
「どうせ寝られやしない」
首を振る。その小さな動きさえ堪えるほど、身体は疲れていた。
「宿直室が空いてる。人払いしておくから行くんだ」
「アウルも……来てくれるか?」
「え!?」
「一人じゃダメだ。引っ張られてしまう。耐えられない」
アウレリウスは小さくため息をついた。
「わかったよ。ついてってやる。ほら、立て」
◇◇◇
廊下を歩くとき、エドワードは最大限「王弟殿下」として振る舞った。
すれ違う職員に挨拶されれば、いつも通り軽く頷いて返す。
その仮面が、ひどく重かった。
◇◇◇
宿直室に着くなり、簡易ベッドに倒れ込む。
「……ベッドが硬い」
「改善させるよう伝えるよ」
仰向けに寝転ぶ。古い建物の天井にはシミ。
壁にかかる小さな壁時計が、カチ、カチ、と妙に大きな音を立てていた。
明かり取りの小さな窓しかない狭い部屋。
その薄暗さが、むしろありがたかった。
「手」
「ん?」
「手を握ってて」
「こどもか?」
文句を言いながらも、アウレリウスは手を握った。
その温もりに、ゆっくり息が抜けていく。
「エド……俺はお前に余計な負担をかけてしまったな」
「そんなことない!!」
ガバッと起き上がったところを、アウレリウスに押し戻される。
「そんなことない。アウルがいなければ、僕はもうとっくに正気を失ってただろう。
むしろ危険に晒したのは僕の方だ。謝るべきは……」
「謝るな。お前は謝らなくていい。……ほら、目を瞑れ。少しでも寝ろ」
目を閉じる。
白銀の髪がちらつく。
あの日落ちた真珠の涙。
可哀想に。なぜ抱きしめなかった。なぜ――。
「……っ」
閉じた瞼から涙がこぼれる。
握られた手に力がこもる。
あちらに行ってはならない、と言わんばかりに。
忘れようとするほど、愛しさが込み上げる。
涙は次々に溢れ、髪を濡らした。
「……会いたい……」
狭い部屋に静かにこだました。
灯りに照らされた長いプラチナブロンドが枕に散り、淡く光を返す。
エドワードは気づかなかった。
隣でアウレリウスもまた、声を殺して涙を落としていた。