表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/23

14

 扉が開かれた途端、冷たい風が吹き上がった。

 視界を埋め尽くすほどの白い薔薇の花びら。


 ――悲しい。

 泣き叫ぶ愛しい人の声が、風に混じる。


 泣かないで、愛しい人。


『誰のものにも、ならないで』


 僕は君のものだ。

 お願いだ、泣かないで。


『私を、選んで』


 僕は君だけを探している。

 泣かないで、愛しい人よ。


 視界が白に覆い尽くされた、そのとき。

 悲鳴が現実へと引き戻した。


「アウル!」


 アウレリウスのマントが欄干に引っかかり、彼の体はバルコニーの外に投げ出されていた。

「引き上げる! 手を伸ばせ!」

「……エ……ド!」


 絡まったマントが首を締めている。

 無我夢中で腕をつかみ、全力で引き上げた。


 二人で床に倒れ込む。

「はぁ……はぁ……」


 顔を上げれば、そこに彼女がいた。

 翠の瞳が、まっすぐこちらを見ている。


「どうして? なぜ助けたの?」

 真珠のような涙が、真っ白な頬を伝い落ちる。


 白い花びらがはらはらと降り注ぐ。

「余計なものは、白薔薇で散らしてしまうの。

 あなたの枝に咲くのは、私ひとりでいいのに……」


 今すぐ抱きしめたい。涙を拭ってあげたい。

 衝動を抑えるように、自らの体を強く抱いた。


「……エド! しっかりしろ!」

 掠れた声で、アウレリウスが裾を掴む。

 いつだって自分を支えてきた声。

 ――これだけは失えない。


 気づけば、頬を涙が伝っていた。

 袖で乱暴に拭い、叫ぶ。


「もう僕の前に現れるな!

 彼は僕の半身なんだ! アウレリウスにだけは手を出すな!」


 その瞬間――風も、花びらも、音さえも消えた。


◇◇◇


 静まり返るバルコニー。


「エド……」

「アウル! 大丈夫か!?」

「俺はエドのおかげで助かった。……ありがとう」

 息を整え、彼は続ける。

「ただ……俺には、何も見えなかった」


「……そうか」


 風のない夜は、あまりにも静かだった。


 ふと、袖口に目を落とす。

 一枚の白い薔薇の花びらが、そこに留まっていた。

 指先で触れた瞬間、淡い光を残して溶けるように消える。


 ――まるで、最初から存在しなかったかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ