11
その夜、エドワードは私室でぼんやりと過ごしていた。
彼が肘をついているのは、王弟に相応しい重厚な執務机。黒檀の天板に、真鍮の装飾がさりげなく嵌め込まれている。質実でありながらも、品のある作りだった。机の上には書きかけの報告書が広がり、脇に置かれたランプの炎がちらちらと揺れて、文字の影をかすかに踊らせていた。
ふと、顔を上げる。
――呼ばれている。
不意にそんな感覚が胸を掠める。
耳を澄ませても音はない。けれど、確かに甘い声が囁いている気がした。
『こちらへ……』
気づけば立ち上がっていた。
靴を履き、廊下を抜け、庭園へ。
足が勝手に向かうようで、理性はそれを止められなかった。
◇◇◇
離宮の庭園。
満月に照らされた芝に、白い薔薇の花びらが散っていた。
その中心に、彼女は佇んでいる。
白銀の髪が夜風に揺れ、翠の瞳がこちらを見つめていた。
その表情には怒りではなく、深い悲しみが宿っている。
「……なぜ、あの方と踊ったの」
囁きは、風と一緒に胸を震わせる。
「私は薔薇。あなたの枝に咲くためだけにあるのに……」
エドワードは息を詰めた。
――ずっと探していた。
初めて逢った夜から、心の奥で彼女を。
抗えない。
彼女こそが、自分が求めていた存在なのだと確信する。
「……君は、悲しい顔をするのだな」
恐る恐る近づき、手にしていた白薔薇を編み、花冠を作る。
震える手で、彼女の髪にそっと載せた。
ふわりと風が揺れ、花冠は解けて散った。
同時に、結わえていた彼自身の髪紐もほどけ、腰までのプラチナブロンドが夜気に舞い上がる。
花びらと髪が入り混じり、月明かりの中で溶け合った。
「また戻るわ。散っても、あなたの枝に」
彼女は涙を浮かべながら微笑んだ。
その微笑みに、胸が締めつけられる。
抗う理性など、もうどこにもなかった。
エドワードは顔を近づけ、触れるだけの口づけを落とした。
ほんの一瞬。
甘い風の香りが、全身を包んだ。