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幼い頃から付き従ってくれている乳母セラフィーナに紺地のジャケットを着せてもらい、世話人の男性使用人フランツにネクタイを整えさせる。
「殿下も、そろそろご自分のお相手を決められては?」
セラフィーナが笑みを含んで言う。
彼女の指先が背に垂れる長い三つ編みにそっと触れ、整え直す。光を含んだ白金の髪は絹糸のように滑らかで、彼の理知的な空色の瞳と並んで、王弟を王弟たらしめる美の一部だった。
「そんな話も出ているからね」
エドワードが肩をすくめると、フランツが器用に結び目を整えながら口を挟んだ。
「奥方がいらっしゃれば、わたしたちも少しは楽をできましょうにぃ」
「余計なお世話だ」
エドワードは苦笑して、二人の軽口を受け流した。
使用人一同に「行ってらっしゃいませ」と見送られ、磨き抜かれた革靴を鳴らして玄関を出れば、馬車の前に乳兄弟として育った侍従アウレリウスが立っていた。
「おはよう、アウル」
「おはようございます、エドワード王弟殿下」
エドワードはその端正な眉を歪ませ、ふっと笑った。
「何さ」
アウレリウスは不満そうに眉をひそめる。
「わざわざ迎えに来なくてもいいのに、新婚だろう?」
「一応、ニ週間は休暇をいただきましたので……」
「姉上との新婚旅行は楽しかった?」
「幸せでした。最高でした」
「ははっ! このやろう」
二人は軽やかに笑いながら馬車に乗り込む。
乗り込む瞬間、エドワードの髪を暖かい風が撫でたような気がしたが、今日は特に風は吹いていない。少し気になったが、そのまま馬車に乗り込む。
「あと、普通に喋ってよ。僕と二人の時に敬語は禁止。大人ぶるのはダメ」
「わかったわかった」
無邪気に笑い合う。
「本部に行く前に本宮に寄るから。兄上に呼び出されてる」
「エドもいよいよ婚約かな」
「多分ね」
ジャケットの内ポケットから封書を取り出す。長い指先が白い紙を滑らかに撫で、その仕草だけでどこか優雅に見える。
「いい女性だといいね」
「うん」
エドワードは封書をしばし見つめ、すぐに胸元へと戻した。
馬車の走る音が、朝の穏やかな景色に呑み込まれていく。
この時、彼らは――この穏やかな日常が失われるなどと夢にも思っていなかった。