店が潰れた
うちはカレー屋、街の郊外にある山の近くのドライブインの跡地に店を構えている。
うちの売りは甘口のカレー。
子供たちや辛いカレーが駄目な大人たちに人気がある。
よく此の甘さの秘訣を教えてって聞かれるけど、それは企業秘密って奴だ。
ま、それは建前、甘さの秘密がバレるとチョット不味い、下手すると客がいなくなっちまうからな。
夏休みに入った事もあって、店の前の道が通学路になっている学校のプール帰りの子供たちで賑わう店の厨房で、てんてこ舞いしていた時だった。
厨房の裏の小屋に積まれた甘さの秘訣を取りに行った従業員の悲鳴が、小屋から響いて来る。
「ギャアァァァー! た、助けてー!」
何を騒いでいるんだ? と思ってたら、悲鳴を上げる従業員が、手足を振り回し身体中に集った黒い小さな物を払い落としながら、厨房に逃げ込んで来た。
な、なんだ?
厨房に逃げ込んで来た従業員の身体に黒い小さな何かが集り、動きまわっている。
従業員の身体に集っているだけじゃない。
小屋から厨房に通じる通路いっぱいに広がって、黒い何かが厨房に押し寄せて来た。
黒い何かは厨房だけでなく、子供たちで賑わう店舗の中にも侵入。
店の中は阿鼻叫喚の地獄と化した。
黒い何かに集られて泣き喚き払い落とそうと手足を振り回す子供たち、その子供たちを店舗の外に誘導しようとする注文取りのおばちゃんたち。
厨房では私や従業員が消火器を噴射して黒い何かを吹き飛ばそうとしたり、煮込まれているカレーのルーを黒い何かにぶち撒けていたりしていた。
誰かが消防署に助けを求めたらしく、数台来た消防車の放水で黒い何かは洗い流される。
騒ぎが収まったあと知った事だが、店を襲撃したのは近くの山に巨大なコロニーを作っていた外来種の蟻。
その蟻が店の隠し味である砂糖に群がり集まって来ていたのだ。
蟻の所為で店の中はメチャクチャになるわ、保健所の指導は入るわで、うちの店は踏んだり蹴ったりされたようなもの。
それだけで無く、隠し味に砂糖を使ってるってのがバレた所為で、血糖値を気にする大人の来店が少なくなる。
大人だけじゃ無く、蟻の襲撃がトラウマになり、うちのカレーの匂いを嗅いだり見たりすると泣き出す子供たちが多数いたために、来店客が激減して結局うちの店は潰れた。