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お二人とも、どうぞお幸せに!


 少し時間を遡る。


 穏やかな朝の時間。やわらかな陽の光が降り注ぎ、春風が木の葉を揺らす校舎裏の庭園で、クラリスは木陰のベンチに腰を下ろし、ひとり静かにロマンス小説を読んでいた。


 校舎の裏側に位置したここは、登下校時には人気ひとけの少ない絶好の読書場所だ。最近は教室に入るとすぐに人に囲まれてしまうので、どこでなら落ち着いて読書ができるだろうかと探して見つけたのがこの場所だった。



「……すごいわ。この本の主人公、五回も婚約を破棄してる。それでもまた恋に落ちるなんて」


 主人公は伯爵家の令嬢で、恋多き女性だった。

 最初の婚約者に浮気をされて婚約破棄を突きつけるところは自分と境遇が似ているが、その後も恋愛、婚約、婚約破棄を繰り返し、恋愛はもういいやと決めたところ、仮面舞踏会で出会った見知らぬ男と運命の恋に落ちるのだ。


 その内容は、これまで読んできたロマンス小説とは随分印象が違っていた。


「もしかして、作者の実話を元にしていたりして……」


 そう思えるほど、細部がリアリティに富んでいる。

 気になって著者の欄を確認すると、どうも隣国ノルディアの人のようだった。


「ノルディアでは、こういう自由な生き方が許されるのかしら」


 今度、図書館でこの著者の他の本も探してみよう。

 クラリスはワクワクしながら、本を閉じた。


 すると、丁度そのとき――。


「クラリス様、こちらにいらっしゃったのですね!」


 と、クラスメイトのセリアが駆け寄ってくる。

 その様子がどこか慌ただしげで、クラリスは首を傾げた。

 

「おはようございます、セリア様。そんなに慌てて、何かあったのですか?」

 

 するとセリアは息を整え、躊躇いがちに口を開く。


「実は先ほど、カフェテラスにメリッサ様がいらっしゃって、シュタイナー侯爵令息と二人で出ていかれものですから。もしクラリス様がそれを見たら、お心を痛めるのではと心配に……」

「それで、わたくしを探してくださったのですか?」

「はい。でも、かえって読書のお邪魔をしてしまったみたいですわね。申し訳ありません」


 レオンとメリッサの名前を聞いても殆ど反応を示さないクラリスを見て、余計なお世話だったのではと、セリアはしゅんとする。

 クラリスは、そんなセリアに微笑みかけた。


「お気になさらず。丁度読み終えたところでしたの。それに、セリア様にこうして気遣っていただけたこと、とても嬉しく思いますわ」

「……クラリス様」

「一緒に教室に行きましょうか」

「ええ、クラリス様」

 

 二人は校舎に向かって移動を始める。


 その途中、セリアが小説の内容を知りたがったので、クラリスはストーリーをかいつまんで説明しながら、昨夜のことを思い出していた。



(そう言えば、昨夜お父様に婚約破棄のことを確認したけれど、シュタイナー侯爵家の不利になる様な条件は無かったのよね。それなのに、どうしてレオン様はあんなことを仰ったのかしら?)


 昨日レオンは、「婚約解消を考えなおしてくれ」と言った。

 クラリスは、その言葉がレオンの父であるシュタイナー侯爵の指示だと思っていたが、どうもそうではないらしい――となると、他に考えられるのは……。


(よくわからないけど、もしかしてメリッサ様と何かあったのかしら。なかなか婚約破棄が成立しないから、メリッサ様が気を悪くされてしまったとか? だとしても、レオン様があんなことを言う理由にはならないと思うけど)


 自分はもうレオンのことは何とも思っていないのだから、放っておいてくれたらいいのに。


 クラリスは心の底からそう思いながら、セリアと共に校舎裏の林を横切る。

 ――と、そのときだった。


 どこからか聞き覚えのある声がしたと思ったら、なんとレオンとメリッサが林の中から出てきたのである。


 しかも、何をしていたのか、メリッサの頬は赤く高揚し、レオンはそんなメリッサの肩を愛おし気に抱いている。

 それはどう見ても、逢い引き現場にしか見えなかった。


 瞬間、目を丸くするクラリスに、絶句するセリア。

 対してレオンとメリッサは、一瞬にして顔色を悪くする――その反応が、更なる誤解を生むことになるとも知らず。



「あ……、あ、あ、有り得ませんわ――――!!」


 刹那、絶叫したのはセリアだった。


「シュタイナー侯爵令息! あなた、学園内のこんな人気のない場所で密会だなんて、一体どういうおつもりですの!? わたくし知っておりますのよ! あなたがまだ、婚約破棄の書類にサインをしていないこと! それなのに、こんな、こんな……っ! 許せませんわ!」

「――ッ」


 その叫びに、レオンは文字通り硬直する。

 完全に思考が停止し、もはや何の言葉も出てこない。


「メリッサ様もメリッサ様ですわ! 淑女の鑑と名高いあなたが、こんなところで逢い引きだなんて! しかも、婚約者のいる男性と! 恥ずかしいとは思いませんの!?」

「……っ」


 一方、レオンよりは混乱具合が多少マシだったメリッサは、慌ててレオンの胸を押し返し、ふるふると首を振る。


「ち、違うのよ。本当に違うの。わたし、レオンとは何でもないのよ。本当よ」 


 そうして言い訳してみるものの、セリアがそれを信じるはずがなかった。

 セリアは怒りで肩を震わせながら、「行きましょう、クラリス様! 話す価値もありませんわ!」とクラリスの手を取り、その場から離れようとする。


 けれど、どういうわけだろう。クラリスは動かなかった。


 もしや、ショックのあまり動けないのだろうか――セリアは心配に思ったが、違う。

 クラリスは、ただただ安堵しているだけだった。レオンとメリッサの仲が、悪くなっていないことに。

 

 クラリスは胸に両手を当て、穏やかに微笑む。


「お二人が仲睦まじいようで安心しました。今後もわたくしのことは気になさらず、お二人で仲良くしてください」

「……っ」


 その言葉を聞かされたレオンとメリッサは、もはや意識を手放す寸前だったが、クラリスはそんなことには露と気付かず、満面の笑みで続ける。


「レオン様、婚約破棄のサイン、お待ちしておりますね! お二人とも、どうぞお幸せに!」



 ――こうしてクラリスはセリアと共にその場を後にし、その後ようやく意識をはっきりさせたレオンの、


「全部誤解だ――――!!」


 という叫びは、クラリスに届くことなく、春風と共に掻き消えたのだった。

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