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好きだなんて、そんな簡単に言えるか!


 暖かな春風が吹き抜ける。

 カフェテラスを出たレオンとメリッサは、人気ひとけのない校舎裏の林の中で向かい合っていた。


 メリッサの顔にははっきりとした怒りが滲み、青い瞳が鋭くレオンを見据えている。

 対するレオンは、メリッサの圧に押され、やや引き気味だ。



「ねえ、レオン。どうしてこんなことになってるの?」

「……どう、とは」

「だから、どうしてクラリス様から婚約破棄されかけてるのかってことよ! あなた、クラリス様のこと大好きだったじゃない! それなのに、いったい何をどうしたらこんなことになるのよ!?」

「……っ」

「しかも、あなたの相手がわたしですって? 冗談じゃないわ!」

 

 責めるようなメリッサの言葉に、レオンは大きく眉を寄せる。


 確かにレオンは、今回の騒動の責任が自分にあると自覚していた。

 クラリスのことが好きなのに、一緒にいると緊張してまともに話せなくなってしまうという理由で、ないがしろにしたのは自分自身だ。


 けれど、その一因はメリッサにもあるのではないかと、レオンは考えていた。


 それに、噂になって困るのはお互い様だ。あくまで二人は、いとこ同士の関係でしかないのだから。


「お前と噂になって困ってるのは俺だって同じだ。そもそも、クラリスに誤解された原因はお前にもあるだろう! 俺が全部悪いみたいに言うな!」

「はぁ!? なんでわたしのせいなのよ!」


 メリッサは、まるで病弱とは思わせないほどの声で、強く言い返す。



 ――メリッサ・フォン・エヴァレット。

 エヴァレット侯爵家の末っ子として生を受けた彼女は、その容姿の美しさと病弱さから、父や兄たちから蝶よ花よと甘やかされて育てられた。彼女はいつだって侯爵家の中心だった。


 けれどレオンだけは、メリッサを特別扱いしなかった。レオンはメリッサを、自分の弟たちと同等に扱った。

 彼女にはそれが新鮮だったのだろう。メリッサは、兄たちよりもずっと歳が近く、本当の兄妹の様に育ったレオンによく懐き、今ではすっかり悪友のような間柄だ。

 家族の前ですら猫を被る彼女が、レオンの前では淑やかさの欠片もない。


 つまり、二人の間には断じて、恋愛感情は存在しないのである。



「クラリスに俺とお前の仲を誤解されたのは、俺がお前と一緒にばかりいたからだ! この意味がわかるか!?」

「わからないわ! もっとはっきり言いなさいよ!」

「じゃあ言うがな! 俺がお前と一緒にいたのは、伯父上にお前の世話を頼まれていたからだ! お前の見舞いに通っていたのは、お前が来てくれと頼んだからだ! そのせいでクラリスに誤解されたんだぞ! なのに、お前まで俺を責めるのか!?」

「……っ」


 この言葉に、メリッサは言葉を詰まらせた。

 確かにレオンの言葉は正しかったからだ。


 レオンはメリッサの父親から、病弱なメリッサの世話を頼まれていた。だから登下校も昼食も、一緒に行動するようにしていた。

 メリッサのお見舞いに毎日通っていたのも、もちろんメリッサを気遣う気持ちはあったけれど、一番の理由は、「来てほしい」と言われていたから。


 とはいえ、メリッサが登校しない日についても、レオンはクラリスを放置していた。

 校内新聞を読んで、その事実を知っていたメリッサは、勢いよく言い返す。


「仕方ないじゃない、部屋から出られなくて暇だったんだから! でも、それとこれとは話が別よ! わたしがいないとき、あなたがちゃんとクラリス様に愛を示していればこんなことにはならなかった! それは動かぬ事実だわ!」

「――っ、それは……!」

「どうせあなたのことだから、愛してるの一言だって伝えられてないんでしょう!」

「……っ、好きだなんて、そんな簡単に言えるか!」

 

 レオンが反論した次の瞬間、メリッサはぐっと唇を噛み、瞳を潤ませる。


「レオンの馬鹿! わたしには好きな人がいるのよ! なのに、あなたとの仲を疑われるなんて、本当に迷惑だわ! 誤解されたらどうしてくれるのよ!?」

「――なっ」


 レオンは言葉を失った。

 正直、まさかの展開だった。


「お前……好きな男がいるのか?」


 恐る恐る聞き返すと、わあっと声を上げて泣き出すメリッサ。


「そうよ……! なのに、レオンとわたしが恋人だなんて……どうしたらいいの!?」

「……っ」


(ああ、最悪だ……)


 両手で顔を覆い、子どものように泣きじゃくるメリッサに、レオンは気が遠くなる思いがした。

 まさかここで泣くのかと。


 と同時に、すべてが腑に落ちた。

 今日のメリッサはいつも以上に気性が荒いと思ったら、こういう理由だったのか――と。


 レオンは、面倒なことになったと頭を悩ませながら、メリッサを泣き止ませようと、背中をさすり始める。


「泣くな。発作が出たらどうするんだ」

「うっ……、だって……」

「送っていくから今日はもう帰ろう。お前に何かあったら、俺が伯父上に殺される」


 レオンはメリッサの肩を抱き、学園の裏門に向かおうとする。


 けれど、そのときだった。


 悪いことは重なるもので、レオンはメリッサと共に林を抜けようとしたその先で、クラリスとばったり出くわしてしまったのである。


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