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俺は、クラリスがあんなに明るく笑うところを見たことがない


 その日、学園内は普段よりもざわめいていた。

 クラリスの婚約破棄宣言から数日が立ち、生徒たちの間に、とある疑惑が広まっていたからだ。


 その疑惑とは、レオンとメリッサが恋仲であるというものだった。



「シュタイナー侯爵令息とメリッサ様がそういう仲って、本当なの?」

「クラリス嬢のクラスメイトが話していたらしいぞ」

「なら、可能性は高いな」

 

 数日前までは、取るに足らない噂だった。

 けれど、クラリスの婚約破棄宣言に始まり、レオンがクラリスを放置し続けていたという事実。そこに、クラリスの教室での発言が加わって、レオンとメリッサが恋仲だという疑惑に繋がったのだ。



「そう言えばシュタイナー侯爵令息って、いつもメリッサ様の世話をされていたわよね」

「それだけじゃないわ。彼女が登校するときは、わざわざ屋敷まで迎えに行っていたんですって」

「ということは、やっぱりあのお二人……」


 女生徒たちの間で、次々と憶測が交わされる。


 一方、男子生徒たちは、別の方向でこの話題に関心を持ち始めた。


「もしシュタイナー侯爵令息が従妹のメリッサ嬢を結婚相手に選んだら、貴族の慣習的に問題があるんじゃないか? 近親婚は禁止されてるはずだ」

「いや。法的には、いとこ同士の結婚は何ら問題ない。教会に特別な許可を取る必要があるってだけで」

「そんなことより問題なのは、こんなに簡単に婚約破棄ができていいのかってことだろ。婚約は立派な契約だぞ」


 この国では、特別な事情がない限り貴族の婚約は義務である。

 次男、三男は別として、嫡男は成人である十八を迎えるまでには婚約し、卒業したらすぐに結婚するのが慣わしだ。

 それなのに、卒業まであと一年を切った今、本人の一存で婚約解消など許されるのか。レオンにはメリッサがいるかもしれないが、通常、次の相手がすぐに見つかる保証はない。


 自分のことではないとはいえ、今回の婚約破棄騒動に不安を覚え始める貴族の嫡男たちと、クラリスとレオン、メリッサの三角関係を憂う令嬢たち。

 二重の理由で、レオンとメリッサが恋仲であるという疑惑は、本人たちの知らぬ間に、加速度的に広がっていった。




 レオンがこの噂をヴィクトルから知らされたのは、その日の昼食のことだった。

 学食で食後の紅茶を飲んでいたレオンは、噂の内容を聞き、ゲホゲホと大きく咳き込んだ。


「まっ……待て! それはどういうことだ?」

「だから、お前とメリッサが恋人同士だって、噂になってるぞ」

「――っ」


 レオンは開いた口が塞がらなかった。そんな事実はどこにもなかったからだ。

 それなのに、一体なぜだ?

 茫然と呟くレオンに、ヴィクトルは、当然だろうと肩をすくめる。


「逆に、どうしてそう思わないのか不思議なくらいだ。今まで噂にならなかったことが奇跡だろ」

「馬鹿な……! 俺はメリッサを恋愛対象として見たことなんて一度もない! あいつは従妹だぞ! 妹みたいなものだ! 知ってるだろう!」

「知ってるさ。俺たち三人、本当の兄妹みたいに育ったからな。でも周りはそんなこと知らないだろう? それに、メリッサには婚約者がいないからな」


 ――そう。それも、レオンが浮気を疑われている理由の一つだった。

 一学年下のメリッサは侯爵家の令嬢だが、病弱であることを理由に、まだ婚約者がいないのだ。


「もしあいつに婚約者がいれば、こんな面倒なことにはならなかったのか?」

 

 そう呟き、深い溜め息をつくレオンに、ヴィクトルはやれやれと問いかける。


「まぁそれはそれとして。結局、あれからクラリス嬢と話はできたのか?」

「いや、まだだ。ガードが堅くてな」


 レオンはあれから何度もクラリスとの接触を試みたのだが、四六時中他の女子生徒たちに囲まれているものだから、結局一度も声をかけられていなかった。


「なら、屋敷まで行くしかないだろうな。追い返される覚悟はしていけよ?」


 ――追い返される覚悟。


 レオンはその言葉に息苦しさを覚えながら、食堂内にクラリスの姿を探す。

 すると、クラスメイトの女生徒たちと楽しそうにランチをしている姿が目に入った。

 そのクラリスの笑顔に、レオンの胸がズキンと痛む。


(俺は、クラリスがあんなに明るく笑うところを見たことがない)


 それどころか、最後に彼女と食事を共にしたのはいつだろう?

 月に一度、決められた日に家同士の交流を兼ねて家族全員で晩餐をすることはあるが、校内でランチをしたのは思い出せないほど前だ。


(半年……、いや、もっとか……?)


 確か一学年のときは、週に一度ほど、一緒に食べていたはず。

 それがいつしか、二週に一度になり、月に一度に減り……今では……。


(いや、待て。そもそも俺は、クラリスを食事に誘ったことがあったか?)


 ――いや、ない。メリッサを誘うことはあっても、クラリスを誘った記憶はない。ただの一度も。


 その事実に気付いたレオンは、さあっと顔を蒼くする。

 こんな状況では、メリッサとの仲を疑われても文句はいえない。そう悟った。


(彼女に、謝らなければ)


 取り巻きのガードが堅い、などとほざいている場合ではない。

 今日の放課後、彼女の屋敷を訪問してみよう。


 レオンはそう、決意した。

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