俺が好きなのは、今も昔もお前だけだ!
舞台の幕が上がった。
照明の落とされた場内に、物語の始まりを告げる前奏曲が響き渡る。
ボックス席の一角。
クラリスとレオンは、ひとまず席に腰を下ろしていた。
けれど、二人の意識は舞台には向いていない。
お互いの出方を、慎重に伺っていた。
(どうしてレオン様は、帝国行きのことを知っていたのかしら?)
クラリスは横目で、レオンの姿をちらりと見やる。
――レオンの視線は、舞台の一点を見つめていた。
(“行くな”だなんて……どうしてあんなことを……?)
先ほどレオンは「帝国になんて行かないでくれ」と、確かにそう言った。
けれどクラリスは、レオンが何故そんなことを言い出したのか、どうしてもわからなかった。
問いは胸の内に渦巻くままで、答えには届かない。
しばらく、ふたりの間に静寂が満ちる。
ようやく沈黙を破ったのは、クラリスの方だった。
「……レオン様。どうして、わたしが帝国に行きたいということを、ご存じなのですか?」
クラリスの訝し気な声に、レオンはびくりと身をこわばらせる。
「……それは」
どう答えるべきか、一瞬迷ったのがわかった。
レオンはしばらく躊躇っていたが、覚悟した様子で、唇を開く。
「……お前のことを、尾けていたからだ。空き教室での一件以降、夏休みに入るまでの間、ずっと」
「……え?」
クラリスの瞳が、大きく見開く。
「どうして……そのようなことを?」
――レオンに尾行されていた。
クラリスはその事実に驚いたが、それよりも、どうしてレオンがそんなことをするのか、やはり理由が思い当たらず、首を傾げる。
すると、レオンは絞り出すような声でこう言った。
「お前のことを、諦められなかったから」
「――!」
レオンは、膝の上で拳を強く握りしめる。
本心を伝えるとは、こんなにも恐ろしいものなのか。
そう思いながら、ゆっくりとクラリスに視線を向けた。
(俺の気持ちは、伝わっているのか……?)
――だが、そんなレオンの切実な想いとは裏腹に、クラリスはこのように考えていた。
(レオン様ったら……メリッサ様との噂はとっくに消えているのに、まだ不安なのね。でも、婚約破棄はとっくに成立しているもの。わたしでは、レオン様の隠れ蓑にはならないわ。……それに、わたしにはもう、レオン様に付き合い続ける理由がない)
クラリスはゆっくりと息を吸う。
「……レオン様、わたくし、知っているのです。レオン様が、メリッサ様のことをお慕いしていて、その気持ちを悟られないために、わたくしとの婚約関係を続けていたことを」
「…………は?」
「そのことに気付いたのは、レオン様に婚約破棄を宣言した後ですが……それを知って、レオン様を応援しようという気持ちもあったんです。でも、これ以上は無理です。……申し訳ありません」
「――ッ」
刹那、レオンの眼差しが、動揺に大きく揺れる。
(どういうことだ? 誤解は解けたんじゃなかったのか?)
――レオンは混乱した。
だが、その答えは、目の前のクラリスの様子から明らかだ。
誤解はまだ、何一つ解けていない。
メリッサに訂正してもらったはずの、過去の自分の過ち。それが、何一つ解決していなかったことを、レオンは今、ようやく悟った。
「違う……!」
レオンは、思わず椅子から立ち上がる。
「違うんだ、クラリス! 俺が好きなのは、今も昔もお前だけだ……!」
「……!」
「信じてくれなどと言うのは、虫が良すぎると理解している。だが、俺が好きなのはお前なんだ! 初めて会ったときからずっと、お前のことが好きだった! まして、メリッサを好きだったことなんて、一度もない……!」
夕方にもう一話アップします。