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逃げられないようにすればいい


 それから数日が経った日の夜遅く。クラリスは自室の机に座り、深い溜め息をついていた。

 その原因は、机に天高く積まれた釣書のせいだ。その数何と、三十人分。


(お父様ったら、流石にこれは多すぎよ。読んでも読んでも終わらないわ)



 クラリスが父親から三十人分の釣書を渡されたのは三日前、兄フレデリックから縁談の話をされた、その翌日のことだった。


「フレデリックからはしばらく待つように言われたが、卒業まで一年を切っている。急ぐに越したことはない。せめて目星くらいはつけておかねばな」


 そう言って、この釣書を部屋に運んできたのである。


「我が家の相手として申し分ない者を厳選しておいた。お前にも希望があるだろうからな。この中から好きな男を選ぶがいい」という、父親なりの精いっぱいの気遣いと共に。


 正直、クラリスはその釣書の山を見た瞬間、すぐに逃げ出したくなった。

 レオンとのことで、恋愛や結婚というものに、すっかり及び腰になっていたからである。


 とは言え、兄に『心配ない』と言った手前、拒否するわけにはいかない。

 それに現実問題、必ず結婚しなければならないというならば、少しでも条件の整った相手がいいに決まっている。


 クラリスは必死に気持ちを奮い立たせ、釣書の内容を順に確認していった。



 ――けれどそれから三日が経った今も、クラリスは全員分の内容を確認できていない。ようやく三分の一を過ぎたところだ。


 そもそも、学園の課題や予習もあるわけで、釣書の確認に使える時間が一日に二時間あるかどうか、というせいもあるだろうが。

 何よりも一番の原因は、釣書の中の相手に、全くもって興味が湧かないせいだった。


(どうしましょう。どの方も、全然ピンとこないわ)


 どの候補者も、年齢・家柄・肩書・容姿に至るまで、文句のつけようのない人物ばかり。

 丁寧な字で綴られた経歴書も、魅力的な肖像画も、すべてが理想的な伴侶像に当てはまっていた。


 それなのに、心はまるで動かないのだ。



(そもそも、会ったことすらないのにどうやって選べと言うのかしら。家柄や経歴はともかくとして、人柄がいいかなんて、話してみなければわからないじゃない)


 クラリスは溜め息をつき、釣書をパタンと閉じる。

 

「もう寝よう」


 こんな風に悩まなければならなくなるくらいなら、自分を愛していないと分かっていても、それなりに付き合いのあるレオンが相手の方が良かったのでは――不覚にもそう思ってしまうほど、クラリスにとって、この縁談は酷く億劫なものだった。




 それから数日後。夏休みを目前に控えた日の昼休み。

 学食にて友人たちと昼食を取っていたクラリスは、セリアから心配そうにこう言われた。


「クラリス様。ここのところお顔の色が優れませんわ。何か悩み事でも?」

「……そう見えますか?」

「ええ、とても」


 セリアの言葉に、他の友人たちも次々頷く。


「何かあるならおっしゃってくださいな!」

「わたくしたち、いつもクラリス様に相談に乗っていただいておりますもの!」

「クラリス様のお力になりたいですわ!」


 クラリスは迷ったが、今のままでは気持ちが疲弊するばかりだと思い、話すことにした。


「実は――」


 レオンとの婚約が正式に解消されたこと。

 それを受け、父親から次の縁談の話を持ちかけられていること。

 けれど、釣書を見ても全く興味が湧かないことを。


 それを聞いた友人たちは、顔を見合わせ、口々に言う。


「クラリス様がそう思われるのも当然ですわ。シュタイナー侯爵令息との婚約は散々だったわけですし」

「婚約破棄して、すぐに次の縁談だなんて」

「誰だって、そんな気分にはなりませんよね?」

「そもそも、クラリス様には兄君がいらっしゃるでしょう? 急いで次の婚約を結ぶ必要はないのでは?」

「でも、あまりゆっくりしていると、いい殿方は他に取られてしまいますわよ」

「そうよね。問題はそこだわ」


 色々と議論し始める友人たち。

 ――その中で、不意に、セリアが口にする。


「自分で相手を見つける、と言って待っていただくのはどうかしら?」


 その言葉に、ハッとする一同。

 クラリスはセリアの言葉を反復する。


「自分で……ですか?」


「そうですわ。どうせ避けられないなら、この人なら、と思える相手をご自分で見つければ良いのではないかしら? 以前お話ししましたよね、次の恋を探してみたらいかがって。最近学園内でも、自由恋愛が流行っているでしょう?」


 確かに、ここ最近学園内で自由恋愛が流行っているのは事実だ。

 その発端は、他でもないクラリスの婚約破棄騒動な訳なのだが――。


 セリアの言葉に、「それがいいわ!」と賛同する友人一同。


 そんな友人たちの圧もあり、クラリスは一度は頷いたものの、どうしても拭えない違和感に、自問する。


(そもそも、わたしって恋愛したいのかしら? 誰かを"好きになる"ことを、わたし自身は望んでいるの……?)


 静かに芽生えた疑問が、さざ波の様に、クラリスの胸の内に広がっていった。




 一方、そんなクラリス達の会話を、少し離れた席から盗み聞いている者がいた。――レオンである。


 空き教室での出来事から約二週間、レオンは一度もクラリスに声をかけていなかった。

 けれどその反面、レオンは毎日のように、クラリスの姿を目で追っていた。

 

 廊下の先にクラリスを見つければ、物陰に隠れてクラリスの姿を永遠に見つめていたし、昼食のときはクラリスの座る席から死角になる、できるだけ近い席から、会話を盗み聞いていた。

 終いには図書館に足しげく通い、書架の影からクラリスとユリウスの翻訳作業を監視するほどである。


 ここまでくると、誰がどう見てもストーカーだ。


 毎日のようにレオンの図書館通いに付き合わされていたヴィクトルは、いよいよレオンのことが心配になったが、とは言え、見つめるだけに留めているところを見るに、レオンなりに反省しているのだろう。


 それを理解していたヴィクトルは、この二週間、文句も言わずにレオンに付き合っているのだった。



「……なぁ、レオン。本当に話しかけなくていいのか? 明後日から夏休みだぞ。このままだと、彼女に新しい婚約者ができるのも時間の問題だ」


 レオンと一緒にクラリスの会話を聞いていたヴィクトルは、とっくに空になったランチプレートを見下ろしながら、重たい声で問いかける。

 すると、レオンは途端に瞳を鋭くした。


「わかっている。だが今声をかけたところで逆効果だ。それに、学園内では邪魔が入るかもしれないからな」


 邪魔と言うのは十中八九、ユリウスのことだろう。

 ヴィクトルは、「やれやれ」と肩をすくめる。


「つまり、学園の外で声をかけるってことか? でもどうやって。逃げられたら終わりだぞ」

「――だったら、逃げられないようにすればいい」

「はぁ? お前、それ、どういう……」

 

(まさか犯罪じゃないだろうな?)


 ヴィクトルは頬を引き攣らせたが、レオンはそんなことは気にも留めず、椅子から立ち上がる。


「あっ、おい、レオン……!」

「クラリスが席を離れた。俺たちも行くぞ」

「……っ」

 

(こいつ、流石に勝手すぎるだろ……!?)


 自分を置いて席を離れようとするレオンの横顔は、ただ、クラリスの姿だけを追っている。


 ヴィクトルはそんなレオンに苛立ちを覚えつつも、急いでレオンの背中を追いかけるのだった。

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