ヴィクトルのような男が好きなのか?
昼休みになり、レオンが教室へやってきた。 ヴィクトルも一緒だ。
クラリスがヴィクトルと会うのは、メリッサからのお茶会の手紙を受け取って以来、これが初めてのことになる。
クラリスはヴィクトルに軽く挨拶をしてから、セリアとキャロルを紹介した。
「こちら、モントレー伯爵令嬢のセリア様と、フォルスター子爵令嬢のキャロル様です。お二人にはいつもよくしていただいておりますの」
「セリア・フォン・モントレーと申しますわ。セリアとお呼びください」
「キャロルです。お会いできて光栄です」
実際のところ、キャロルとはほぼ話したことはないのだが、社交辞令のようなものだ。特に問題はない。
クラリスの言葉を受け、レオンとヴィクトルも言葉を返す。
「レオン・フォン・シュタイナーだ。いつもクラリスが世話になっているようで、感謝する」
「ヴィクトル・フォン・オーウェンです。以後、お見知りおきを」
流石に貴族というだけあって、このあたりはそつがない。
こうして自己紹介を終えたところで、五人は食堂へ移動を開始した。
途中の廊下で、セリアはさっそくキャロルのために、ヴィクトルとの仲を取り持とうとする。
「キャロル様、先週はサロンのお誘いありがとうございました。キャロル様のピアノ、とても素敵でしたわ。わたくしも、キャロル様からピアノを習おうかしら」――と、ヴィクトルの横を歩きながらキャロルを褒める。
すると当然、ヴィクトルは反応せざるを得ないわけで、キャロルに笑みを投げかけた。
「キャロル嬢はピアノがお得意なのですね。……そう言えば、フォルスター家は音楽一家だと聞いたことがあります。御父上は作曲家、御母上はオペラ歌手、御長兄は確か……」
「ヴァイオリニストです、ヴィクトル様」
「そうでした。アルモニア王国に音楽留学されているとか。私は音楽には詳しくありませんが、とても尊敬します」
「いえ、そんな……」
キャロルは嬉しそうに頬を染める。
隣を歩くセリアも、誇らしげだ。
クラリスはそんな三人の様子を後ろから眺めながら、ふと思い立ち、レオンに尋ねた。
「レオン様、明日もご一緒できますか?」
瞬間、レオンは目を見張る。
クラリスから誘ってくれるなど、ここしばらくなかったことだ。嬉しいが、これは何か裏があるのでは?
レオンはぬか喜びにならないよう、取り澄まして答える。
「もちろんだ。だが、どうして急に?」
「実は、ヴィクトル様との昼食の権利をめぐって、女子たちの間であみだくじ大会――という名の激しい争奪戦が行われたのです」
「は? 何だそれは?」
詳しく尋ねると、クラリスは教えてくれた。
二限目の休み時間にキャロルを誘いに行ったところ、他の女子たちも『ヴィクトルとランチがしたい』と言い出して、ランチ席の争奪戦になったというのだ。
ひとまず今日はキャロルが行くということで落ち着いたが、既に十人待ちだと言う。
それを聞いたレオンは、笑いを堪えるように、肩を震わせた。
「確かに、あいつは昔からもてるからな。わからなくもない」
「そのようですね。わたくしは存じ上げませんでしたが、今のヴィクトル様のキャロル様への対応を見ていて、とても納得しましたわ。何と言うか、そつがなくて、とても紳士的ですし……」
(レオン様とは大違いよね。仲がいいのが不思議だわ)
最後の一言は心の中に留めながら、ヴィクトルの背中を見つめていると、レオンが不意に立ち止まる。
「お前も、ヴィクトルのような男がいいのか……?」
「――え?」
振り向くと、レオンが真剣な顔で見つめていた。
「……お前も他の女たちのように……ヴィクトルのような男が好きなのか?」
「……?」
(どうして、そんなことを聞くのかしら?)
クラリスには分からなかった。
レオンはメリッサが好きなはずなのに、どうしてこんなことを聞くのだろうと。
だが、聞かれたからには何か答えなくては。
クラリスは唇を開きかける。
――けれど、その瞬間だった。
「おい、レオン。入らないのか?」と声がして、二人はハッと顔を振り向く。
するとそこには、訝し気な顔でこちらを見ているヴィクトルがいて、二人はようやく、自分たちが食堂の入口を塞いでしまっていることに気が付いた。
レオンは気まずそうに咳ばらいをする。
「行くぞ、クラリス」
そう言い残し、レオンは一人、食堂へと入っていく。
クラリスはそんなレオンを不思議に思いながら、慌てて後を追いかけた。