第2話 森のはずれの小さなお家。
お義母様からご紹介いただいたのは、侯爵家が持っている森の管理小屋。
こじんまりとして、住みやすそうです。
台所がついた小さな部屋に机とベッド。お風呂、トイレ。
大方の物は揃っているらしいので、実家から持ってきたドレスを古着屋に売って、庶民用のワンピースを買いました。6着も買えた。おつりで履きやすそうな靴も買えた。私のドレスなんか大したものじゃないのに…価値観の違いを感じるわね。
さて。持ってきた荷物をささっと片付けてお茶にしようとして…薪が無いわ。
小屋の外に積んであった薪を何本か運び、焚きつけ用の小枝を探しに森に入る。
もう初夏なのに、ひんやりとして気持ちがいい。
森には大型の動物はいないと聞いたので、落ちているよく乾いていそうな枝をエプロンに集めていく。
水は湧水が引いてある。冷たい。
お湯が沸くまでの間、ノートにこれからのことを書いていく。
①まず、家賃5万ガルド分払うために、仕事をみつける。
②冬に向けて、木を切って乾かして薪にする。
③食料の確保。
④
・・・あとは、何かしら?
沸いたお湯を茶葉の入ったポットに入れて、紅茶を出す。
椅子に座って外を眺めると、6月の空の下にぽつんぽつんと民家が見える。
④皆さんと色々なお話をする。
まずはこんな感じでしょうかね?
お水が違うので、紅茶の味が違います。深い森の味、ですかね?
何か一つ…結構大切なことを忘れている気がしたのですが、思い出せないので、まあ、いいか。
ごそごそと持ち込んだパンを取り出して、昼ご飯にする。
明日は村まで下りてみましょう。
*****
クルトと一緒に、お嬢様の後をそっと歩く。
私とクルトも、その辺にいる庶民の格好だ。ぶらぶらと、市の品物を眺めているふり。この村では一日おきに思い思いの物を市で売り出している。きちんとした店構えがあるのは雑貨屋と食堂くらいなので、こうして必要なものを購入できるのは助かるよね。
お嬢さまはワンピースにリュックを背負い、髪は一本に縛っている。足取りも軽く、楽しそうにあちこち見て回り、その度お店の人と話し込んでいる。
八百屋の店先では小さな子供としゃがみこんで話しているし、強面のおじさんにもなんら臆することもなく話し込んでいる。キャベツとニンジンを購入。
パンを売っているご婦人とも楽しそうに話している。うんうんと頷きながら。
パンを購入。なにやらメモを取っている。
私たちもパンを買った。
「あら、あんたたちも見かけない顔だわね?二人で?駆け落ち?」
「は?」
と、バカみたいにむきになっているクルトの足を思い切り踏みつける。
「・・・実はそうなんです。秘密にしてくださいね?」
「うん、うん、大変だったんだね。ここは何にもないけどずっと住んでいてくれると嬉しいよ。さっきの子は森の管理小屋にいると言っていたから、あんたたちはヤン爺さんが住んでた家かい?」
「ええ、知り合いに紹介してもらって。」
「そうかい、新婚さんにはちと狭いか?まあ、うふふっ、丁度いいかあ。」
丁度いい?いえ、狭いです。部屋は私が使って、クルトは台所に寝てもらっている。
とりあえず…愛想笑いをする。
ご婦人がにやけながらパンを手渡してくれる。
「さっきの子にも言ったんだけどね、困ったことがあったら相談に乗るよ。」
明るく、姉御肌の良い方みたいだ。
「ありがとうございます。」
パンは美味しそうな匂いがする。買い物かごに入れて、クルトに持たせる。
「なあ、アンネ?俺たち仕事で来てるんであってだなあ…」
「バカなの?こんな狭い村で、すぐばれるわ!だったら、駆け落ちして身を隠しているって言うの、なかなかいい言い訳じゃない?合わせてよ。」
「いや…お前がそれでいいって言うならいいけど。」
「あんた…なに顔を赤くしてんのよ?」
クルトは、顔を手で仰ぎながら、落ち着こうとしているらしい。
優秀な護衛騎士殿?頼むよ、襲ったりしないでね。
その間、お嬢様は肉を売っているところで悩みながらも、ベーコンのブロックを購入。
次は…雑貨屋に入ったようだ。
外窓からちらりと見ると、塩だのの調味料や、茶葉を買っている。
お店の旦那さんに連れられて、勝手口から裏に出るようだ。なに?
ささっと裏口に回って、クルトの陰に隠れる。
お嬢さまは裏庭の柵の中にいた鶏を一羽購入。嬉しそうに小脇に抱えて去っていく。
にわとりねえ…。
「なんだ?おめえたちも欲しいのか?」
店主が私たちを見つけて声を掛けてきた。
「クルト、どうする?」
「卵を産んでくれるならいいんじゃない?」
「・・・それもそうね。」
「むふっ、駆け落ちの二人ってのはおめえたちか?じゃあ2羽いるな。」
「・・・・・」
話、伝わるの早くない?
片手に鶏を抱えたお嬢さまの後ろを歩く。
クルトは両脇に鶏を抱えている。とても腕利きの若手騎士には見えなくて笑ってしまう。帰りに八百屋で玉ねぎとキャベツを買って、少し重くなってしまった買い物籠を仕方なく自分で持って、緩やかな上り坂を歩く。
森に続く道はこの道一本だけ。見慣れない人が村に入ると、先ほどのご婦人のような方々が警戒してくれるようだ。どこで見ているのか分かったもんじゃない。
村って、すごい。
「なあ、アンネ、今日の昼飯は何?」
「野菜スープ。あんたさ、料理するのと鶏の柵を作るのどっちがいい?」
「え?柵、かなあ。」
「じゃ、決まりね。」