第13話 番外編 リボンを結ぶ。
クルトが煮込み料理を作ってくれるらしい。
ヘンリック様には薪を運んでもらっている。
なんだかこいつ、さっきから機嫌が悪い。
買い出しの荷物を全部持たせたからだろうか?
パンと豚肉のブロックと、キャベツと玉ねぎと人参。あ、ジャガイモも。
そうそう、来る途中の畑で、早取のカボチャも貰ったんだった。重かったかな?
「お皿は出したわよ?あと何か手伝う?」
一応、ご機嫌を伺ってみる。ん、と玉ねぎを渡される。
「・・・・・」
「あんたさあ、何怒ってんのよ?」
「・・・お前は、ああいう、マルちゃんさんの兄上みたいなやつが、その…好きなのか?」
「は?」
並んで玉ねぎを切り刻む。目に染みて痛い。
「・・・な…泣くほど好きなのか?」
私の顔を見て、驚愕の表情。
「バカなの?玉ねぎよ。」
「・・・・・」
「私はねえ、これでも婚約者がいて…。」
「え?ああ。そ…そうなんだ…」
「なんていうか、いたんだけどね。ほんのちょっと反論してみたら、そいつ、女のくせに生意気だ!って平手打ちよ。」
「え?おまえ…。」
「頭に来たから、グーで殴ったら、即、婚約破棄。まあ、すっきりしたからいいんだけど。」
「あはははっ。らしいな。」
「それで親にあきれられて、行儀見習いにおばさまのところに出されて、侍女をやってるわけよ。」
「くくくっ。」
クルトは大笑いしながらも、料理の手は止めない。すごいわね。騎士養成所。
「・・・俺はさあ、この一件が落ち着いたら、国元に帰ろうと思ってるんだ。すごい田舎でさ、森と雪とリンゴしかないようなところなんだけど。」
「ふーーーん。」
ことこと煮込み始めた鍋から、いいにおいがする。
「お前みたいなやつがいたら、そこでの生活も楽しそうだと思ってな。」
「ふーーーん。え?」
「・・・・・」
「え?」
「・・・・・」
「・・・ええええ????」
「俺と、駆け落ちしない?アンネ?」
「えええええええええ?????」
「考えておいてくれ。」
木べらでゆっくりと鍋をかき混ぜながら、クルトが恥ずかしそうに笑う。
*****
マルちゃんが予定通りランドルフ様と結婚することになったので、マルハウスは村長に預け、職員も増やした。
引継ぎも終わり、ヤン爺さんの小屋を片づける。マルちゃんの小屋はこの前ランドルフ様が来て、掃除していた。
もともとそんなに荷物はないが、もう秋が深くなった。水がだんだん冷たくなるな。
クルトと窓を拭いたり、床を磨いたり…。
あれからこいつはそれらしいことは何も言わない。
「ねえ。あんた、田舎に帰るんでしょう?」
「うん。もう侯爵家に退職届は出した。退職金も貰った。」
いつの間に…。
私はこう見えても…まあ、どう見えているかはよくわからないけど…貴族の娘。しかも伯爵家。おばさまの生家になる。
クルトは騎士だけど…平民?だよね。
ここのところ、ぐるぐるそればかり考えていた。
どうするべきか、もわかっているけど、どうしたいか、って気持ちもある。
「もう俺んちの方は雪かなあ。」
そんなこと言いながら、床を拭いている。
「明日出る。北街道だし。馬も手配したし。」
「ふーーーん。」
帰るのか。ふーーーん。
鶏は2羽ともお世話になったパン屋のおばちゃんにあげた。
クルトは着替えもいらないらしく、おばちゃんの息子さんにあげていた。
「ふたりとも、幸せに暮らすんだよ?たまに遊びにおいで。」
「はい。また二人で今度は泊まりに来ます。」
しらっと返事して笑うクルト。
何言ってんのよ。
最後の朝食は、ごみを出さないように、昨日のうちに作ったサンドイッチを食べた。
静かな朝だった。
「じゃあな。元気でな。」
後ろ向きで手を振ってドアを出ていく…。
「ちょっと待ちなさいよ!!」
「え?」
「あたしもつれて行きなさいよ!!バカじゃないの?」
「だって、アンネ…。」
「駆け落ちするっていうのに、一人で行くな!バカ!」
「ん。」
「ほら、荷物積んで。」
「ん。」
「泣くな、クルト。」
「ん…。」
「コート無いと寒いかな?」
「途中で買おう。退職金もあるし。」
「そうだね。」
玄関先でぎゅうぎゅうにクルトに抱きしめられる。
バカだなあ。
そっと、クルトを抱きしめる。
さあ一緒に帰ろう。森と雪とリンゴがあれば楽しく暮らせそうだね。
*****
「まあまあ、なんてこと!お兄様に何て言えばいいのおおお!!!」
みんなでお茶をしていたところに、アンネから手紙が届いた。手紙を開いた母上が絶叫。
俺は一足早くマルガレータと家に戻っていた。
「あ、あの二人…駆け落ちしてしまいましたわ…。」
「まあ。もともと駆け落ちされておりましたでしょ?そう聞いておりましたが?」
顔色一つ変えずに、マルが言う。何をいまさらですか?って顔だ。
「え?」
「親御さんに反対されて、たまたま私の近くの家を借りて、お二人で住んでおりましたけど?」
「・・・ふ、二人で?」
「ええ。」
「だって、だって…アンネとマルちゃんは一緒に住んでたんじゃないの?」
「いいえ。私は一人住まいでしたが?」
「・・・え?ど、どうして?少し離れてマルちゃんを見守ってね、とはお願いしたけど…。まさか、結婚前のお嬢さまを…男と?二人暮らし???ああああああ!!!」
母上、頭をかきむしると、せっかくのセットが乱れますよ?
「まあまあ、お前。クリストハルトとアンネリーゼなら身分的にも何ら問題はないだろう?ちょっと格上だけどね。すごいところと親戚になったな。」
「あ、あなた…。どうしましょう!!!」
お茶を飲みながら父上は楽しそうに笑った。
「いいんじゃないか?アンネリーゼは今、婚約者はいないし。クリストハルトは元々、うちにいるような子じゃなかったんだし。本来なら近衛の師団長になるような奴だけど、領地に近いって理由でここに来たわけだし。もともと国元に帰るって言ってたしな。それが、嫁を連れて帰っただけだ。ふふっ。」
「そ、それは…そうなんですけど。」
「さあ、お前の兄上に手紙を出しなさい。お預かりしていたアンネリーゼ伯爵令嬢は辺境伯家の御嫡男殿と婚約して、辺境伯領に行きました、ってね。」
まあ、と驚いた真ん丸の瞳でマルが俺を見る。
すごいね、マル。過疎の村を元気にしただけじゃなく、恋のキューピット役もしちゃったみたいだね。
引き寄せて、おでこにキスをする。