第10話 楽しい夏休み。
「まあ、ランドルフ様、お兄様、お久しぶりです。」
しばらく待っていると、クルトがマルと侍女を連れて戻った。日が長くなったが、周りはもう暗くなりかけている。
「明日も早いので、失礼しますね。」
「え?」
「あ、ああ。仕事だものな。元気そうで安心した。じゃあ、休みの日にゆっくり話そう。」
満面の笑顔で手を差し出したランドルフが固まっている。まあ、確かに、朝から晩まで働いているんだ。学生の夏休みとは違うよね。あきらめろ、ランドルフ。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
「いや…あなたたちもお嬢さまに会ったんだから、帰って下さいよ。明日も今日の続きをやりますから、朝、7時には森に来てください。よろしくお願いいたします。」
「え???」
「うちに泊まる場所なんかありませんよ?」
「・・・それも、そうか。」
僕たちはとぼとぼと山道を降りた。クルトがランタンを貸してくれた。
道は一本だから、迷いようもない。
次の日から日曜日を楽しみに、僕たちは働いた。いや、働かされた。
クルトはなかなか人使いが荒いことが分かった。
毎日毎日、木を切った。森の中とはいえ、暑い。
本当なら木を切る時期ではないらしいが、何せこの冬の薪に使うなら急いで乾かさなければならないらしい。なるほどね。
「え?ちょっと待って?じゃあ、マルは冬もここにいる予定なわけ?」
ふんふん、と切り株に座ってクルトの話を聞いていたランドルフが、肝心なことに気が付いたらしいね。
「ええ。家賃がちゃんと払えたら、今住んでいる家を奥様から貰える約束らしいですからね。」
「えええええ????」
「クルトとアンネは?」
「僕たちはお坊ちゃまとお嬢様の婚約が正式に解消されたら、ここにいる理由はなくなりますからね?でも、薪は必要でしょう?お嬢さまに木を切らせるわけには…まあ、あの人はやりそうですがね。それに、これからキャンプ場でも薪を売りますから村人も畑仕事がひと段落したら森に入ると思いますよ。」
さらりと言い放って、クルトは泉で汲んできた水を飲む。こいつはこんな庶民の格好でも不思議な気品がある。騎士だから?
動揺しているランドルフに水を勧める。さっき飲んだが、冷たくておいしい水だ。五臓六腑に染み渡る、って正にこういうことを言うんだ。本で読んで理解したつもりになっていたことを体感すると面白いな。
マルも、そうなんじゃないかな?
日曜日の夜に来た僕たちは、まるまる一週間、木を切ったことになる。
手にはまめができてつぶれて硬くなった。痛いけど。
ようやく体が慣れ始めたころ、日曜日になった。