あなたにとって大きな変化が起きるボタン
カフェでぼうっとしていると不意に一人の老人がやってきた。
「こんにちは。突然ですが、このボタンを見てください」
「ボタン?」
「はい。こちらのボタンです」
「あぁ、スイッチじゃないほうね」
「そうですね」
そう言って、彼はボタンを見せた。
彼の手の平の上に乗る台座とその上にある丸いボタン。
まるで、どこかにあるものを取ってきたようにさえ思った。
「このボタンがどうしたんですか?」
「はい。実はですね。このボタンは押すとあなたの人生を劇的に変えるんです」
「なんですか、それ」
あまりのくだらなさに僕は笑うと老人はにっこりと笑った。
「ですので、せっかくですから押してみませんか?」
「はいはい」
そう言って僕は何も考えずにボタンを押した。
そして、予想通り何も起こらない。
「何も起こらないじゃないですか」
「いいえ。起こりましたよ。それでは」
そう言って老人はそそくさと歩き去った。
変な人だな。
そう思いながらのんびりとしているとカフェに置かれていたテレビから緊急ニュースが流れた。
どうやら、ここからずっと離れた場所で事故が起きて、一人の女性の即死したらしい。
「可哀想な話だな」
ほとんど僕と同い年だった顔も知らない女性のことを僕はすぐに忘れてコーヒーを一杯追加頼んだ。
特に何もない普段通りの一日はこうして過ぎていった。
この時、ニュースで死んだ女性が僕と運命の赤い糸で結ばれていたことを僕が生涯知ることはなかったのは、僕にとって最大の幸せだったかも知れない。