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「あの子は彼氏持ちだよ」

 コーヒーの深い香りがあたりを包むカフェ。俺はカフェラテを啜りながら二人席で亜美(あみ)さんを待っていた。


 カランカランとドアの開く音。視線を向けると、黒いジャケットを羽織った亜美さんが入店してきた。


「こんにちは」


「うん、飲み物買ってくる」


 クールだな。亜美さんは挨拶も返さず、隣にカバンを置くと、レジまで足音を運んでいく。


 離れて見ているとふと思う。彼女もみゆりさんに負けず劣らずの美女で、鋭い目つきと言葉遣いさえ無ければどこかの国のセレブのよう。


「お待たせ」


 左手に苺フラッペを持ちながら俺の隣に座る。カッコいい亜美さんに苺ってギャップ萌えすぎてベストマッチ。


「あの、なんで俺呼ばれたんですかね?」


「別に、深い理由はないよ。ただ、あの子色々重いから、聞き出しにくいでしょ。なんでも聞いて。答えるかは別だけど」


 低く透き通った声。フラッペをかき混ぜながら不器用に笑いかけてくる。


「じゃあ……昨日、みゆりさん切羽詰まってるみたいだったんですけど大丈夫でした?」


 気になっていたことを質問すると、はぁーと、ため息を吐いた後薄ピンクの口を開く。


「仕事でミスしでかしたらしいけど大丈夫なんじゃない? 気にしなくていい」


「そう、ですか……」


 これ以上何を聞けって言うんだ。「もうないんですけど」と目で亜美さんに訴えかける。すると亜美さんは、くーっくく、と喉を鳴らしながら笑った。


「もう無いの? いろいろあるでしょ。彼氏はいるのかとか、他の男もつれこんでるのかとか、どんな男がタイプだとか」


 あー、そういうことか。「変なの」なんて言いながら頬を赤くして笑う亜美さんにはちょっとクルところがある。


「亜美さんってもっと怖い人だと思ってました」


「よく言われる。ま、分かっててこの格好してるんだけど」


 亜美さんは、左頬の口角だけを上げて肘をつき、手を組む。聞けって合図だろう。


「みゆりさんに助けられた人ってどれぐらいいるんですか?」


「……男子は君合わせて2人、女子は5人。私が見た人たちだけだから本当はもっと助けてるんだと思うけど」


 男子は俺以外にもう1人。その人と付き合っていたりするんだろうか。そんな疑問を感じ取ったのか説明してくれる。


「安心して、その男の子はもう2年以上来てないよ。しかも中学生だったから恋愛的なそういうのもなかったし」


 ほっと心臓が息を吐く。俺は意外と独占欲が強いのかもしれない。俺がしたいもう一つの質問を気合いを入れ直して聞く。


「みゆりさんって、彼氏いるんですか?」


 俺の問いに彼女は目を見開いた。


「うっそ、本当に知らないんだ。冗談だったのに」


 少し迷って、俺に憐れみの視線を向けながら口を開く。


「……あの子は彼氏持ちだよ」


 きゅうー、と胃が縮む音がする。正直、身構えてはいた。美人で優しくて、スキンシップが激しくて、ちょっとエロい。他の男が黙っているわけがない。


「です、よね……」


 ひょっとしたらみゆりさんは俺のことが好きなんじゃないかって、心のどこかで浮かれていた。でもそんなわけ無くて、結局、ただの一高校生。無意識に(りき)み、コーヒーのカップが形を歪ませる。


「そこで晴人くん、提案があるんだけどさ」


 緑のカラコンに映る瞳がくるりと揺れる。真っ直ぐと貫くような視線。俺はゴクリと唾を飲む。


「私と付き合わない?」


「えっ?」


 なかなかに素っ頓狂な声が漏れる。いや、本当になんで?


「言いたいことは分かるけどまずは聞いて。別に何も好きになって欲しいってわけじゃない。あの子がどうしてもいいって言うならそれまでのキープみたいな立ち位置でもいい。だからお願い。私と付き合って」


 顔は真剣そのもので、笑ってはぐらかせる空気じゃない。理由も道理もわからないが故に、驚く以外の感情が湧いてこなかった。


「なんでですか?」


「あの子を想い続けると、君は絶対に後悔する。私は何回も隣で見てきた。そしてみんな、あの子から離れてく」


 それは、みゆりさんからも聞いた言葉だった。一体、助けられた後に、何が待っていると言うのか。


「君が望むなら、あの子のフリだってしてあげる。もう、傷つくのを見たくない」


「それが、あの子のこと好きになっちゃダメって言葉の意味ですか?」


「そう、それに、私も結構可愛いでしょ? いい話だと思わない?」


 自分で言うんですかそれ……、と漏れそうになる声を堪える。ほとんど他人の俺に、ここまで優しくしてくれるのは、みゆりさんの幸せも願っているからなんだろう。


 正直完敗。それぐらい、みゆりさんと彼氏は上手くいっているんだ。俺が邪魔するべきじゃない。でも、それでも……俺の想いだってそんな、小さなもんじゃない。簡単に諦めるなんてできっこない。


「ごめんなさい。ちょっと考える時間が欲しいです」


 みゆりさんに彼氏がいることだって割り切れてないんだ。それに、少し疲れた。


「だよね。ま、考えといて。後これ、今日私から誘ったから。あっ、メールだけ交換しよ」


 連絡先を交換した後、亜美さんは千円札を机に置いて席を立つ。カツカツと音を鳴らして去って行くその姿はどこをとってもカッコいい。俺は、その千円札をクシャリとポケットに突っ込んだ。


 みゆりさんの優しさの理由も、亜美さんの告白の意味も、彼女が吐いた嘘も。その全ての謎が解けたのは、これから僅か数日後のことだった。

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