暗がりから聞こえる音
辺りがすっかり暗くなった帰り道。
繁華街からは随分と離れた郊外であるこの辺りは街灯がまばらにしかなく、民家もばらけているので合間の畑や空き地が暗く沈んでいる。
昼間の冷め切らない生ぬるい風が、何処からともなく頬を撫でるのをまるで他人事のように感じた。
通行人も居ない通りは静まり返り、アスファルトを踏む自分の足音がやけに耳につく。昼間とは全く違う雰囲気は、いつの間にか別世界に足を踏み入れてしまったかのようだ。
周囲には誰もいなく何も無いはずなのに、周りに広がる暗闇が不気味さを纏って背中にのしかかってくる。
こう言う時、自分が小さい頃から怖がりであったことを今さらのように実感させられる。そして、暗闇には特に恐怖を感じることも。
時折吹く風が道端の草を揺らす音も、まるで四方八方から取り囲んでくるかのようで不気味に響く。
怖く思っているからなのか、ちょっとした音でも大袈裟なほど耳が拾っていく。
いくら安くても、もう少し賑やかな所に家を借りた方が良かっただろうか。
今の家を、立地は良くないが安さに惹かれて選んだ事を思い出す。特に問題の無い家なのだが、暗い夜道を歩く時ばかりは後悔が浮かぶ。
怖々歩くから良くない。早く歩いて帰ろう。
軽く首を振り気合いを入れ直して歩く速度を上げると、何処からかさっきまでとは違う音が聞こえてきた。
カチカチ…
硬いところに何かが当たるような音だ。後ろからだろうか。
カチカチカチ…
音の正体を考えているところに、またしても同じような音が聞こえてきた。間違いなく音は後ろから聞こえてくる。
再び聞こえてきた音に、全身の毛が逆立つような感覚が這い上がった。
感覚からして何かが歩くような音だが、人が歩くものとは違う。もしかしたら猫でもいるのだろうか。しかし、猫はこんな足音をしていただろうか…
カチカチ、カチカチカチ…
背後から聞こえてくる足音は、こちらが前進しているのにも関わらず、同じような距離から聞こえてくる気がする。
顔は前を向いているにもかかわらず、頭の中も全身の感覚も後ろに釘付けだった。
さっきの足音以外には何も音がしないところからすると、近所の人が犬の散歩をしているわけでもなさそうだ。
怖い…でも、気になる…
人は駄目だと思うとやりたくなるのは、何に対しても当てはまる事なのだろうか。恐怖心で顔を前から動かせないのにもかかわらず、後ろを見たくて仕方がない。
こうやってゆっくり確認してるから怖いんだ、一気に振り向いて確かめてしまおう。
意を決して内心ではバッと音がするくらい勢いよく振り返ると、視線の先を一瞬にして黒くて小さい物が道を通り抜けていった。
カチカチカチカチカチ…
頭の上まで総毛立ち、思わず上がりそうになった悲鳴を慌てて両手で口を押さえて押し込める。
えっ、何今のっ!四足歩行の…猫⁈
心臓が耳の横にくっついてしまったかのように、うるさく騒ぎ立てる。驚きのままその場に固まったように動けなくなっていると、またしても黒い物が横切った。
先ほどとは違い、まるで跳ねるかのように駆けて行く姿にまたしてもあがりそうになった悲鳴を喉へと押し込む。
まだいたっ!…って、猫ってあんなに短足だっけ…?
人は驚きが過ぎると元の行動を続ける習性があるのだろうか。いつの間にか正面に向き直り、帰り道を歩き出している。
さっきの、大きさは猫っぽかったけど体がずんぐりとしていたような…尻尾もだいぶ膨らんでた気がするし…
まるでその場から逃げるように早歩きで足を動かしていると、ふと、そのシルエットに思い当たる動物を思い出した。
もしかして、タヌキ⁈
驚きにハッとする。
こんな住宅街に野生のタヌキがいるの⁈…いくら山が近いからって…流石に飼ってはいないよね…
想像以上に身近な所で、野生動物の存在を感じて驚きしかない。
頭の中で散々驚きに騒いでいたからだろうか、気がつくと家に着いていて部屋の明かりをつける。
タヌキ騒動の前は、家まではまだ距離があるように思っていたが一瞬にして家まで着いたような気分だ。
いつもなら、暗い部屋の明かりをつけるまでも怖いと思う事もあるのに今日は全くその事を考えずに済んだ。
いつも怖がってたのに、なんだか呆気ないものだったんだなぁ…タヌキに化かされたとか…
そんなくだらない事を考えながら、いつもより気分も軽く帰ってこられた事に気がつく。
こういうドッキリならたまにはいいかも…
テチテチの足音と共に現れた影を思い出し、口元に笑みを浮かべながら荷物を置いた。