3か月で百合本50冊買ったら家族に怒られた話
主人公が百合作品にハマっているだけで、作中で百合百合している描写は一切ございません。
百合作品好きの主人公と主人公に手を焼く家族の話です。
それは枯れ葉の落ちる前、残暑からようやく解放されて過ごしやすくなったある日の午後のこと、普段開かずの間と化している2階にある私の部屋に母が突然尋ねてきた。
「ねぇお姉ちゃん、ちょっと大事な話があるんだけどいい?」
「はいはい。仕事が一段落したら下に行くから待ってて」
「お願いね~」
声をかけてきた時の母の様子は至って普通、まさかこの後口論になるとはこれっぽっちも思わなかった。
◇◇◇◇
仕事を終わらせて居間がある1階に降りると母は食卓にお茶とお菓子が置いて待っていた。
父は大分前に亡くなり、11歳離れた弟は高校にいる時間帯、猫の源五郎丸の姿が見えないが壁とピアノの間で昼寝でもしているのだろう。つまり母と私以外は誰もいない。私は会社員でこの家の大黒柱だが、基本テレワークなので月2回の出勤日を除けば自室に閉じこもり仕事をしている。
お茶を一口だけ含むと母に要件を訪ねた。
「で、何すかね。母よ」
軽い感じで私は母に話しかけた。
「お姉ちゃんはさ……その、女の子が好きなの?」
「ぶはっ」
思わず口の中のお茶を吐き出しそうになった。
「女の子同士がキスをするような本ばかり買ってるんでしょ。優弥が言ってたんだけど」
(ぐぬぬぬぬ…………弟ぉおおおお~余計な事を――!)
私は昨今、百合作品に入れ込んでいる。3か月で50冊ほど商用作品を購入したが、WEB小説なども合わせると目を通した作品は数知れず、大好物と言っていい。
「そういう本も買っているけど、少女漫画と大して変わらないよ。いかがわしいところは一切ないし」
「本はどうでもいいのよ~ 母さんが知りたいのは女の子が好きかってこと」
「違うって! どうして本を買ってるくらいで女の子好きになる?」
「だって女の子に興味があるからそういう本を買うんでしょ。お姉ちゃん全然彼氏作らないし」
「作らないじゃない! 相手がいないだけだって」
「女の子が好きだから相手がいないんでしょ」
「だから、ちゃうわ~~~~~~~!」
「はぁ……やっぱり女子校に入れたの失敗だったかしらね、お姉ちゃんが昔失恋した後、一度も彼氏連れてこないし」
「女子校関係ないし、16の頃の失恋なんてひきずってないから」
私は高校、大学と女子校で過ごした。同年代の男子がいないことを除けば至って普通の学校だった。母が言った失恋というのは、幼馴染への恋心が実らず母の前で大号泣した人生最大クラスの黒歴史のこと
今までの発言から母の脳内を推察するに、失恋したこと、女子校出身のため男性に慣れてることなく男嫌いとなり、女の子にしか興味がないガチ百合に至ったと……そんな感じなのかな。母は高校以降の私の恋愛事情なんて知らないし、実際彼氏を母に会わせるなんてイベントもなかった訳だから、誤解されても仕方ないのかもしれない。
「じゃあ何で彼氏作らないの?」
母の詰問は続く
「半径40キロ以内に知り合いいないし……知り合う機会もないから」
今、住んでいるところはその気になれば都心に1時間ほどで出れるものの蛇や猪がでるような田舎、2年前まで都内に住んでいた私の移住先で母と弟は、弟の高校入学に合わせて越してきた。住んでいる家はやや古めの賃貸で庭と駐車場付きの4LDKの一軒屋、家賃は都心のワンルーム程度、つまり激安。
広い部屋に住みたい方は私のように郊外への移住を奨める。ただし都会にはないデメリットもあるので注意、特に昆虫と爬虫類が苦手な方は要注意。
「もっと努力しなさいよ。それともまたお見合いする?」
「……すみません。それだけは勘弁してください」
私は母に押し切られる形で一度、縁談に応じた事がある。相手は10歳上の薬剤師さん。「真面目です」と額に書いてそうな人だった。無口だったので場を持たせようと私が話題を振るものの全く噛み合わず敢え無く轟沈。1秒1秒が長く感じた事だけを覚えている。なお、相手の方からは縁談が終わった後、当然のごとく連絡がこなかった。
お見合いで知り合うこと自体はとても良い事だと思う。ただコミュ力のない私には向いて無さそうなので今後はご遠慮願いたい。
「じゃあどうするの?」
「別に今のままでいいかなぁって、慌ててどうにかなるものでもないし……」
「お姉ちゃんもうすぐ28でしょ。慌てなさいよ。子供欲しくないの?」
私のようなアラサー独女に一番刺さるキラーワードの一つ「子供」。このワードが出た時、私の顔色が変わったかもしれない。色気とか可愛げとか無縁の私でも子供は好きだったりする。友達の出産祝いを買いに〇〇チャンホンポに行くと赤ちゃん服をずっと見てられるくらい。
しかし母よ、それは年頃の娘に言わないでほしい。私は必要以上に考えないようにしてるのだから。
たまに夢に見るんだよ、小さな手が私に手を伸ばしてくれるのが……それがとても嬉しくて愛しくて私も必死に手を伸ばすのだけど、次の瞬間に泡のように消え夢から覚めた私は泣いてるわけ、情緒不安定なのかな~ メランコリーなのかな~ 涼宮さんみたいなスーパー女子高生じゃなくてもそんな日は憂鬱になる。
(今日の母の攻めはきついな~しっかし私が冷静になるしかないよね……母は私を心配しているのだし)
「欲しいけど……まだいいよ。仕事忙しいし、やりたいこともあるし」
「そんなこと言っているから行き遅れるよ」
「もう十分行き遅れているから心配ない。友達は一通り片付いたけど」
「なに開き直るってるの、孫の顔を見せてくれないの? 少しはお母さんを安心させてよ」
のらりくらりとかわすつもりだったが、母の発言にカチンときてしまった。私もまだまだ若いね、精神の修行が足りないようだ。
「あ~~~もう! ちゃんと働いてて、お金も払ってるのだから別にいいでしょ? 結婚や子育てすることだけが人生の全てじゃない。考えが古いんだよ。私は誰にも迷惑かけてない。本だって自分で稼いだお金で買っただけじゃん。やましい内容もない中高生だって買えるやつだよ。いい加減にして!」
いい歳してむくれた私は居間を飛び出しそのまま自室に閉じこもった。今日分の仕事は終わっている。ベットの上で頭から毛布をかぶり、愛用のクジラさん抱き枕にしがみついてそのままふて寝することにした。
「もう全てがめんどくさ~ つーかやってられん、おやすみなさい」
クジラさん抱き枕しかいないのでもちろんヒトリゴト。意識は勝手に微睡む。少し疲れてるのかね……
………………
…………
……
…
どれくらい寝てたのだろう、窓の外はすっかり暗くなっていた。私は照明をつけてタブレット端末で書籍を読むことにした。むしゃくしゃする時は美しくも儚い百合世界に逃避するのが一番だ。
ただ客観的に考えると、3か月で50冊購入は多い。1冊700円と仮定すると総額3万5千円、いいお値段になる。買った本人ですら他に買うものがあったのでは? と思う。
とはいえ百合世界は私にとって居心地がいい。全般的に落ち着いた雰囲気で、心にもスッと落ちてくる。仕事の後など疲れた頭で読む時や、今みたいにむしゃくしゃしている時に心に優しいのだ。女の子同士の話だから先入観なく素直に共感できるし。
ところで女の子が好きかと言われれば、かわいい女の子は見るの好きだし仲良くしたいと思う。でもそれ以上に私はイケメン好き。昔は好きな男性アイドルの写真を雑誌から切り抜いて、ファイルしたり自作のファングッズを作ってたくらい。
という訳でガチ百合疑惑については潔白。……のはず
私は百合作品を純粋に楽しみたいだけ、それ以上でもそれ以下でもない。……はず
その時
……コンコン
「姉ちゃんちょっといいか?」
弟の優弥がドアを叩く音と声がした。
「ん~いいよ」
私はタブレット端末を眺めたまま返事をした。
今度は弟の優弥が訪ねてきた。どうやら私が寝てる間に帰宅してたようだ。
「姉ちゃん、母ちゃんと喧嘩したってホントか?」
「喧嘩ってほどじゃないよ。口論にはなったけど」
「何が原因か知らないけど、謝ってやれよ~母ちゃん凹んでたぞ」
「私悪くないし~そもそも事の発端はお前だ優弥」
「俺? 全然心当たりがないけど」
「私が百合本を買ってること母に言ったよね~」
「おっあれか~ だって購入履歴見たらすげ~数になってたから、気になって母ちゃんに言っちゃった」
「なんだと~ このお喋りくそヤローがぁあああ、空気読め~」
私はタブレット端末をベットに置くと優弥に飛び掛かり、そのまま得意のヘッドロックに移行しようとした。
が、飛びつかれた優弥はビクともしない
「あれ……優弥、また背が伸びた?」
「あぁ今184cmくらいだな」
「まじか……最近あんま会わないから全然気づかなかった」
優弥は遠くの高校に通っている上、朝練があるので朝が早い、私は仕事の始業ギリギリまで寝ているので会わない。土日も部活があるし、私は部屋に引きこもることが多いから同じ家に住みながら会話は少ない。
ちなみに私は171cmある。女性としては背が高い部類。男性に挟まれても自分が極端に低いと思ったことはない。しかし、今の優弥はデカいだけでなくがっちりしている、恐るべし現役体育会系男子。とてもだが歯が立たない。
優弥に飛び掛かった私は抱き留められた状態にある。ちと恥ずかしい
「姉ちゃん急に飛び跳ねたらあぶねーぞ」
「ふっ、優弥が私をキャッチしてくれることを信じてたよ」
(……嘘だけどね)
「無茶苦茶だな……でも姉ちゃんさ、いつからそうなったんだよ。昔は何て言うか……もっとカッコよかったし、気合入ってただろ」
「私は昔からこんなんだよ。思い出補正し過ぎ、あとカッコいいじゃなくて、せめてかわいかったって言えよ~ 私も一応女子なんだぜ、現役高校生から見たら、ただのおばはんかもしれんけど」
高校時代の私は今の優弥同様、部活命だった。怪我をするまでは都内屈指のバスケ強豪校でレギュラー寸前までいった。でも所詮は昔のこと
私はペシっと優弥の頭を軽く叩いてから離れた。
「ばらして悪かった、姉ちゃん」
「ん……いいよ。大したことじゃないし。そのうちばれてただろうし、私こそすまん」
姉弟といっても、歳が離れているから今まで喧嘩をしたこともない。多分これからもそう
我が家のそばにも大手スーパー系列のショッピングモールくらいはある。足りないものは某ECサイトで買っている。ECサイトのアカウントは私名義だが家族共用にしている。母はほとんど使わないが、弟はたまにECサイトで買い物をする。電子書籍の購入先も同じECサイトだから、私が買ったものは優弥にはもろバレ。今まで全く気にしてなかったけど
「なぁ姉ちゃん」
「なんだ愚弟」
「母さんが心配してたけど結婚しねーの?」
「はぁ……優弥お前もか、私が結婚することはそんな大事か?」
「大事に決まってるだろ! 姉ちゃんには幸せになってもらいたいよ、いつも苦労を一人背負い込んで頑張ってるし」
間髪問わず淀みない意見が返ってきたので私は息を呑んだ
(な、何こいつ、めちゃくちゃ良い子じゃん……というか優しい子だったね昔から……こんな田舎まで追いかけてきてくれたし)
思わず笑みがこぼれた。家族でまた一緒に暮らす事になったのも私を心配してのことだった。実家から引っ越さなければ、優弥には学校の選択肢が沢山あったはずだ。
「ありがと、ん~でも結婚って一人じゃできないからさ~」
「姉ちゃんなら相手くらい見つかるだろ」
優弥が食い下がる。お前の姉ちゃん評価高すぎやしないか? 基本毎日ダサいジャージとすっぴんの手抜きしまくりガールだぞ私は
「そうだといいけど、簡単じゃないよ」
「頑張れよ姉ちゃん、いけるって」
「あはは、でも頑張らないよ。必要ないから……そもそも母に相手がいないとは言ったけど、恋をしてないとは言ってないし」
「どういうことだ?」
「ん~~教えない。よく考えてくれたまえ、さて……私今から着替えるから出てけ~」
「お、おい姉ちゃん」
思わせぶりな言葉だけを残した私は優弥を部屋から追いだし、そのままドアに寄り掛かった。
(デカくなっただけじゃなく、一丁前な事を言うようになったねぇ……)
私が実家を出たころは優弥はまだ頭一つ分以上私より小さかった。今ではすっかり優弥に見下ろされている。時が流れるのは早い。私の一人暮らしを泣きながら止めようとしたかわいい弟はもういない。少しだけ頼りになる弟がそばにいる。
さて、弟に諭されたことだし納得はしていないけど母に謝るか。百合本購入を止める気はさらさらないけど
◇◇◇◇
都内に住んでいた頃は小田急、井の頭沿線を飲み歩いたり、趣味の音楽でライブハウスに出るのが生きがいだった。ところがある日、全部捨てて縁もゆかりもない田舎暮らしを始めた。
理由はある、何もないわけがない。
誰も知る必要がないことだし、知らせるつもりもない。私の想いは心の奥底で眠っている。
この想いが眠りから覚める日が来るかもしれないし、一生来ないかもしれない。
田舎暮らしも自分で決めた事だし後悔はない。
生きていく上で眠った想いの代わりに隙間を埋める何かが必要になる。今はたまたま百合本がそれだったりする。
それだけのこと、ただそれだけ
他意はない……はず
そうだよね? 私
過ごしやすい日々でも夜風はひんやりしている、少しだけ空けていた窓を私はゆっくりと閉めた。
お越しいただき誠にありがとうございます。
お時間のある時にいいね、誤字修正、評価、感想を頂ければ幸いです。
3か月で百合本50冊はうそです、本当は60冊です(笑)
大部分がフィクションですが、一部事実を基に構成しております。