第5話 ゴブリン襲来!
「あれ体育の野田じゃねぇ?」
一時限目に体育の授業があるらしく、体育教師がグラウンドで一時限目の準備を行っていた。そこに緑の怪物が現れた。
「おい! 何やってんだお前はっ!」
体育教師は生徒がくだらない仮装をしていると思い込んだらしく、大声を上げながらゴブリンに近づいた。
「なんちゅう恰好してんだ! ――っておい、なにすんだ、おい、やめろ、あっ……やめぇっ、あああああああああああああっ!!」
鉈を持ったゴブリンが体育教師に襲いかかった。またたく間に体育教師の体からは血しぶきが舞い上がり、辺りは血の海と化す。ピクピク痙攣する体育教師を見下ろすクラスメイトたちは、何が起こっているのかも理解できていない様子だった。
時間にして2秒とかだったと思う。
しんと静まり返った教室が、悲鳴の嵐に襲われたのは。
パニックを起こして発狂するもの、泣き叫ぶもの、恐怖のあまり教室から飛び出してしまうものもいた。
「み、みんなおっ、お落ち着いてっ!」
美月先生は震える声で必死にクラスメイトたちに呼びかけていたが、その声が彼らに届くことはない。皆それどころではなかったのだ。
「――――!?」
パニックを起こしているのはこのクラスだけではなかった。今や校内中から耳をつんざく悲鳴の数々が響き渡ってくる。
―――ピンポンパンポン。
騒ぎが広がる中、天井に取り付けられたスピーカーから調子外れの音が鳴る。
【こ、校内にて不審者が目撃されています! 皆さんは教室からっ……あっ、そんな、来るなっ、来るなあああああああああ―――】
一瞬静寂に包まれた教室であったが、身の毛もよだつアナウンスによって、混乱は勢いを増した。一度氾濫した川を止めることなど誰にもできないように、校内は恐怖という名の激流に飲み込まれていく。
それは唯一の大人だった美月先生とて同じだ。精神的限界を迎えてしまったらしく、先生は泣きながら廊下に飛び出した。それを皮切りにクラスメイトたちは次々教室から走り去っていく。
「うわぁ、とんでもないことになってるね」
「ゾンビ映画みたいだね」
ふと横を見ると、クラスメイトたちが我先に教室から飛び出していく凄まじい光景を、いのりと本間柑奈がぼんやりと眺めていた。
「みんな走って行ってもうたね」
「さっきの緑色の――野田先生を殺したのって、メッセージで言ってた魔物だよね?」
「たぶんそうなんやろうな。てか見てみぃや須藤さん」
窓の外に顔を向けた本間。
彼女の視線の先には、幾つものどす黒い煙が天に向かって伸びていた。緊急車両によるサイレンは街中に鳴り響き、まるで大きな地震が起きた直後のような光景が広がっていた。唯一違ったのは、街の至るところから発砲音らしき物騒な音が聞こえてくることだ。
「二人は、平気なのか?」
「ウチは全然平気やで。そりゃ野田先生が化物に襲われた時は、さすがに驚いたけど」
「だね。あたしも平気。たぶんこれのお陰だと思う」
いのりは俺にステータス画面を見せてくれた。
【――習得スキル一覧】
恐怖耐性/チャージショット
俺はなるほどと頷いた。
「ウチも同じの習得してるからちゃうかな? ホラー映画とかで真っ先に死ぬのってビビった人からやんかぁ? せやから習得してたんよ」
「あたしも怖がりだから、怖くなくなるならいいなーって」
「一緒やね。向井くんも習得してたんやね」
俺は少し思案してから、首を横に振った。
「いや、俺は恐怖耐性は習得してない。パシッブスキルは肉体強化を選択したんだ」
「せやったら、人が殺されるところ見ても向井くんは平気やったってこと?」
「きっと吉野は一度トラックに轢かれてるから、ちょっとぐらいじゃ怖がらないんだと思う。死ぬほど怖い思いしてるからね」
「そういうことか。生死を彷徨う程の恐怖を味わってるんやもんね。納得やわ」
何かを勘ぐられそうで少し面倒くさいなと思ったのだが、いのりが上手いことフォローしてくれた。
「それより、厄介なことになったな」
再び窓から外を確認すると、ゴブリンが続々校舎に向かって押し寄せてきている。
一般的にゴブリンは弱いとされているが、異世界人が被害に遭うモンスター第一位もゴブリンなのだ。ゴブリンは数が多いうえに群れで行動する。一体一体は然程脅威にはならなくても、数が増えれば厄介以外の何者でもない。
ゴブリンが異世界人から恐れられる理由は、なにも数が多いというだけではない。一番は繁殖率の高さ。繁殖母体に人間も含まれているという点だろう。
ゴブリンは人間の男はその場で殺すが、女は巣に持ち帰って子を妊ませる傾向にある。
はじめてゴブリンに犯された女性を見たときは、俺は頭がどうにかなりそうだった。
何より今一番懸念すべきことは、ゴブリンが学校に集まって来ているということ。
ゴブリンは洞窟のような穴蔵に好んで巣を作る習性がある。この世界には洞窟なんて山奥に行かなければない。ならば代わりとなる場所を、ゴブリンは必ず見つけるはずだ。
学校――ゴブリンはここを自分たちの巣にするつもりなのかもしれない。
数百数千に膨れ上がれば手がつけられなくなる。そうなる前に、ここから脱出しなければ手遅れになってしまう。
「いのり、本間さん、すぐにここを出よう」
俺は二人を連れて教室を出た。